第4話

 ある日、少年はとうとう家から追い出された。

 陰陽師として大成しない彼は既にネグレクトのような状態で放置されていたのだが、どうにかしかして強くなろうとして道具を使い始めたことが、彼の親族の怒りを買った。

 魔を払うすべを持たない下々の者どもならともかく、自ら銃を取る様なものは陰陽師ではない。

 彼らは、少年を一族が保有する山に放置することにした。

 そこには、一族が数百年手を焼いている犬神が陣取っている。数え切れぬほどの陰陽師を出し抜き、土御門家に封印を諦めさせた曲者、その来歴から「那由多」と呼ばれる犬神が今も山に潜んでいるのだ。

 ヤツに食わせよう、事故だという事にしてしまえば波風も経たない。

 そうして、少年は森の中を何日もさまよう事となった。

 森の中は昼間だというのに薄暗く、木の根や岩に足を取られて転びそうになる。少年はあてもなく歩き続ける。

 少年は、常に視線を感じていた。

 突然、彼の頭上を暗闇が覆う。

 背後を振り向くと、そこには異形の巨犬、犬神が少年を見下ろしていた。

「土御門のガキが何の用だ」

 犬神が牙でぎっしりと覆われた口を開く。

 少年は、そんな犬神を見て暫く立ち尽くしていたが、不意に犬神に抱き着く。

「なっ、何をしている!?」

 数日ぶりに意思疎通を図ることのできる相手に出会った少年は、安堵のあまり抱き着くと、そのまま意識を失った。


 土御門は、まどろみの中から目を覚ます。

 頭の下に何やら柔らかいものが敷かれており、那由多の顔が上からのぞき込んでいる。暫くして、膝枕をされているのだという事を土御門は理解した。

「目が覚めた?」

 土御門は微笑んだ。

「初めて会った時を思い出すな」

 那由多と土御門が出会ったとき、土御門がまだ少年だった頃、気絶した土御門を那由多は膝枕で看病してくれていたのだった。

「貴方はあのころから何も変わってないわね。

 私を悪い方向で驚かせてくれる」

「悪かった。

 ダメージが深いってわかったら動揺するかと思って」

「脆い人間の癖に」

 那由多はそっぽを向いた。

 土御門は周囲を見渡す。

 2人が居るのはショッピングモールの内部。那由多が切り刻んだであろう屍鬼たちの体が散乱している。

 地面には、土御門たちを中心とした魔法陣が描かれており、結界と治癒の二つの法力で土御門を守っていた。那由多の描いた魔法陣のおかげで、悪霊との戦闘で砕かれた肋骨もすっかり治癒している。

「急ごう、残る二体も相当強いはずだ。

 これ以上死者は増やしたくない」

 残る悪霊2体を撃破すれば、彼らの影響を受けて動いている屍鬼たちも止まる。

 土御門は、怯えの心を振り切って立ち上がった。

 この町にいる陰陽師は土御門一人だけなのだ。

「この事件が終わったら打ち上げね」

「……お前、クリスマスケーキ食べたいだけだろ。

 俺はそんな資本主義の商業的な目論見には乗らないぞ」

「そんなんだからモテないのよ」

「えっ、何だって?」

 土御門は那由多の言葉を無視して歩き出した。

 那由多はため息をつく。

 クリスマスっぽいことを一緒にしようという那由多の誘いを、この頑固者はことごとく断っている。

 マッチングアプリを初めた事も、この捻くれた主人とクリスマスを一緒に過ごしたいがための駆け引きのつもりだったのだが、どうも上手く行っていない。

「やっぱり、年上お姉さんキャラと言うよりは、お母さんポジションから抜け出せていないのかしら」

自分を傷つけようとしなかった初めての人間、初恋の相手にまるで意識されていない那由多の密かな悩みは続く。

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