第3話

 自転車は雪で滑りながらも車体を斜めに傾け、速度を緩めた。

 自転車が制止するや否や、自転車の運転手は大型拳銃をぶっ放す。5発しか装填できないはずの回転式拳銃は、優に50発を超える弾丸を悪霊に叩き込んでいた。

「大山、しっかり」

 呆気にとられている大山の肩を、白髪の女が叩く。

「那由多……土御門、やはりお前たちだったか」

「ここは私達が引き受けるから、お前は屍鬼に対処しなさい。

 いつになったら無茶をするなと言う言いつけを守るの」

 外観が若い女である那由多が大山に説教を行うという状況は奇妙なものだった。

 実際には彼らの年齢差は360年ほど離れているのだが。

「自分より若いやつらが死んでいくのにか。

 俺が死んでも妻子の所へ行くだけだが、若い奴らは話が違う」

 苦渋の表情を浮かべる大山を諫める様に那由多は語気を強めた。

「お前が若者を導かねば、より死者が増えるだけじゃないの。

 早く行きなさい。この事件が終わったら説教があるから、きちんと生きて今日を終えなさい」

 那由多の背後では起き上がった悪霊が土御門と高速の接近戦闘を繰り広げている。

「土御門、貴様も死ぬなよ!」

「努力はする!」

 悪霊の手刀を銃身で受け止めながら、土御門は答えた。

 小西が拾ってきた自転車に大西が飛び乗るのを確認してから、那由多は悪霊に意識を移す。

 虚空から剣を引き抜くと、那由多はその姿をかき消した。


 高速で拳を振るう悪霊の一撃を銃身で受け止めながら、僅かな隙を縫って土御門は引き金を引き続ける。悪霊は銃弾を撃たせまいと距離を詰めて連打を撃ちこむものの、妖刀を溶かして鍛えたとされる銃身で拳を防がれてしまう。

 土御門が二丁拳銃という一見非合理的な武装を選択しているのは、人知を超えた怪異との接近戦に対応する為であった。

 体に複数開いた銃痕が塞がらないことに焦りを見せた悪霊は、一度距離を取るとジグザグに走り出し速度で土御門の銃撃を掻い潜る。

 悪霊が拳を放つ間際、「常世渡り」で瞬間移動してきた那由多の斬撃で悪霊は吹き飛んだ。

「いくら力があっても、技術がなければこんなものね」

 鼻を鳴らす那由多。

 ゆらりと立ち上がった悪霊は、何を思ったか近くに備え付けられていたクリスマスツリーに手を伸ばす。

「へっ?」

 このショッピングモールの目玉展示物であった巨大なクリスマスツリーを、悪霊は軽々と振りぬいた。予想外の一撃は、2人を軽々と薙ぎ払う。

 水きりの石の様に地面を転がりながら、2人は何とか受け身を取る。

「やっぱり力こそ全てね」

「もう黙っててくれ!」

 那由多と土御門は、悪霊を挟むように2手に分かれて走り出した。

 ショッピングモールの壁を駆け上がり、頭上から銃弾を降らせる土御門と、短距離を細かく瞬間移動し、狙いを絞らせずに切りかかる那由多。

 全方位からの攻撃に、悪霊は足を止める。

 振りかぶってクリスマスツリーを空中の土御門に投げつけると、土御門は壁面とツリーに挟まれ壁にめり込む。壁面に放射状のヒビが走った。

 しかし、同時に放たれた那由多の斬撃が悪霊の腕を切り払う。

 悪霊は構わずに那由多を蹴り飛ばすと、大きく飛びのいた。

「持久戦じゃ分が悪そうだ」

 壁から体を引き抜き、着地した土御門は血の混ざった端を吐く。

「仕留めるぜ」

「いつもの奴ね」

 那由多は「常世渡り」で瞬間移動し姿を消す。

 同時に土御門は両手の銃を乱射しながら悪霊に突っ込んだ。

 近距離で打撃と銃弾を交換し合う二人の足元が、唐突に盛り上がる。

 地下から、地面を割って巨大な生き物の口が飛び出した。

 それは縦に裂けた口を持つ、長い胴体を持った異形の巨犬であった。そのままの勢いで空に飛びあがる姿は竜の様にすら見える。

 この姿が、犬神としての那由多の真の姿であった。

 ショッピングモールと同程度の全長を誇る巨犬に噛みつかれた悪霊はかみ砕かれる寸前でその顎をこじ開けると、口外に飛び出す。

 抜け出した先は空中。

 目下の大地には、土御門が立っていた。

 土御門は両手に持っていた注連縄を空中の悪霊に投げつける。意志を持っているかのように、注連縄は空を走り悪霊を雁字搦めにした。

「祓へ給ひ清め給へ」

 注連縄の表面にびっしりと張り重ねられた札が、強く輝いた。

 両手の注連縄を強く引き絞り、土御門は叫ぶ。

「燃え尽きろォおおおおっ!」

 雁字搦めになった悪霊を縛る注連縄が大爆発を起こす。その爆発は連鎖的に続き、上空を紅蓮の爆炎が赤く染める。

 これが彼らの十八番「煉獄殺」、式と陰陽師の連携攻撃である。

 何重にも及ぶ爆裂がようやく止んだ時、悪霊の姿はかけらも残っていなかった。静寂と共に、きらきらと輝く札のかけらが降り注いだ。

「何よ、ビビってた割に余裕じゃない」

 安堵の表情を浮かべた那由多に、土御門は親指を立てる。


 土御門は、そのままゆっくりと地面へと倒れた。

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