第3話

 「な、何ですって……!?」

「化粧もゴテゴテとしているだけ。娼婦の方がもっと綺麗に上手に装うのでは?わたくしの実家のひび割れた壁に、腕の悪い左官職人が漆喰を分厚く塗りたくって親方にどやされていた時の方がまだ見ていられましたもの。元の顔がさぞや貧相でどうしようもないのでしょうね。いいえ、貧相ならばまだ良い、人を侮辱して遊ぶ心の醜さが如実に表れているようなお姿でしたわね」


 ――おや。

 おや?


 レヴァノス達はユウェナリア男爵令嬢の舌鋒の鋭さが気に入った。

人生で初めてと言っても良いくらいに、これでもかと怒濤のごとく叩きつけられる悪口を心地よく感じた。

実に小気味よいのだ。忌憚の無い言葉が。

そう言えば今まで一度もユウェナリア男爵令嬢は弱い者を嘲るためや侮辱するために悪口は言わなかった――ようやくレヴァノス達はそれに気付いた。

いつだって対等に戦う相手はディサッシェン公子メレンドルフだけだ。

「わ、私を誰だと思って」

「誰も何も、わたくしの婚約者にわたくしのいる前で色目を使う痴女でしょう。――閣下も閣下で、このちんちくりんの乳だけ女に色目を使われてさぞや良い気分だったのでは?」

「性病に罹患しているような売女に絡まれて何が『さぞや良い気分』だ。これなら不注意でナメクジを踏んでしまった時の方が遙かにマシだったぞ。あまりのおぞましさにこの僕を3分も絶句させた、それだけは褒めてやるが」

今まで2人の間で弁舌で戦っていた時でさえ凄まじい余波があったのに、それが全て同じ方向の同じ対象に向いたのである。

「なっ、私は皇女で」

「それが何ですの?皇女ならば帝国と帝国の民の規範として振る舞うべきでしょう。それとも帝国はいつの間に淫乱女をお手本とするようになったのです?それとも皇女であれば他人の婚約者をねだっても許されると性格と性癖の悪い勘違いをなさっているのですか?」


 良いぞ、もっと言え。もっと言ってくれ。


 いつしか、レヴァノス達も腕組みをして何度も頷いていた。

「皇太子殿下は少なくとも人々の規範たるべしと振る舞っておいでだからそうでは無いのだろう。

ハッ、男がそれほどに欲しいならば股に大根でも突っ込んでおけ!どうせ一本や二本では足りないだろうがな」

レヴァノスの背後で、何人かが吹き出しかけて慌てて顔をしかめた。

「閣下!何て酷いことをおっしゃるのですか。大根を育てた農夫に誠心誠意を以て詫びるべきです。農夫がどれほどに労苦を重ねて大根を育てるのかをご存じないとは言わせません。そして食物を侮辱するのは明らかに傲慢の至りでしょう」

「そうだったな、仮にも民の労働の成果であり命の糧である食物を例に挙げるべきでは無かった。それは心から謝ろう。確かに僕の発言は恥ずべきものだった」

「何で!どうして!この私に謝らないの!」


 ギーギーと喚いているリリアナ元皇女と、彼女に後ろに置いておかれているパタニゴア侯爵令息やリンゲーン男爵がおろおろと戸惑っていて、何とも滑稽な有様だった。

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