第2話
「――おや?」
レヴァノスは半分は嫌そうな顔、半分は驚いたような顔をした。
「おい……『略奪女』を誰がこの場に呼んだ!誰が連れ込んだ!どこの誰だ!」
リリアナと名を呼ばずに酷いあだ名で、しかも声を荒げて言ったが、それを咎め立てする者はいない。
それほどにこのリリアナ元皇女は男癖が酷かった。同じように美しかったが放埒だった父親の気質を継いでいるのか知らないが、いつも傍らに新しい男を侍らせて夜会に現れ、他人の婚約者を奪って令嬢達を侮辱するのが趣味。
この異父妹の所為でレヴァノスも甚大な被害を受け、一度は皇太子の座さえも危うくなった。いや、皇族全員の品位も威厳も泥にまみれた。
それなのに、美貌の愛人とその娘を溺愛する母帝はレヴァノスの方を責め立て、廃しようとしたのだ。
皇太子妃共々に散々な苦労を重ねて――母帝から実権を奪い、リリアナの父親をド田舎に左遷し、リリアナも僻地の修道院に放り込むことができて、やっと安心したと思ったのに。
さっと駆け寄ってきたのは女官長の息子であった。レヴァノスの乳母子である。レヴァノスに耳打ちして、
「あの僻地を治めていたリンゲーン領主をたぶらかしたようです!」
「だが、今しだれかかっているのはリンゲーン領主では無いぞ。あれはパタニゴア侯爵令息だろう。この前にセザッツ伯爵令嬢と婚約したと聞いていたが……」
「早速にお得意の略奪を行ったそうです」
「……」レヴァノスの額に青筋が浮かんだ。「かくなる上は……ゴロドノフを呼べ」
はっ、と畏まって乳母子は走って行った。
入れ替わりに事態を察した皇太子妃も彼の側に寄ってきた。
「殿下、ご判断をどうか!」
「……もはや情けはかけられん」
レヴァノスは重々しく言った。皇太子妃は目を伏せて頷く。
「それでよろしいかと存じます」
そのレヴァノスが少し目を離していた隙を突いたかのように――リリアナ元皇女が甲高い声でけたたましく笑い始めた。
「あらやだ。下品な女が何か喋っているわあ。貴女どこの誰なの?」
「下品も何も。汚らしい乳房を丸出しにするようなはしたないドレスを着ている貴女からは泥船から逃げ出すネズミのごとく品位が逃げ出していますわよ」
おや、とレヴァノス達はユウェナリア男爵令嬢に視線を向けた。
彼女がリリアナ元皇女に絡まれているようだ。
『恐らく』ではなく、『確実に』リリアナ元皇女はメレンドルフを狙っている。ウェスタリア帝国は宗主国とは言え、ディサッシェン公国の内政に関与できるような絶対的な力は持っていない。賢者の血を引くディサッシェン公国は、勇者の血を引く帝国に儀礼的かつ友好的に従ってくれているだけなのである。実際は政治的にも外交的にも独立している。
リリアナ元皇女はディサッシェン公国へ亡命したいのだ。これ以上、帝国で男をあさるとレヴァノスに咎められるから、自由に遊べるところに行きたいのだ。
……当然ながら、メレンドルフ達もそれくらい知っている。
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