【完結】男好きの元皇女がバカップルのダブル舌鋒でボコボコにされる話

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第1話

 「貴女はいつでも見た目がよろしくない。多少は磨かれたら如何ですか」

「閣下こそお年の割にとても貫禄がありますわね。若々しさはどこへ行かれたのでしょうか?」


 また始まった!

……夜会の場にいる貴族達は視線を向けないように注意を向けた。

「ありがとう、私は威厳があるとよく言われるのだよ。赤毛でもそばかすでも無いがね」

「まあそれは結構なことですわ。勘違いされているようですが、赤毛とそばかすは色白の証ですのよ」

「腹黒い人間が色白を自慢するとはとても素晴らしいことだ」

「素晴らしいでしょう?腹は黒くとも頭は腐ってはいませんからね」


……まるで因縁の怨敵同士の口合戦だ、と貴族も使用人達も呆れた。

しかし現在、丁々発止の凄まじい口撃を戦わせているのはそんな間柄の2人ではない。

ディサッシェン公子メレンドルフとユウェナリア男爵令嬢セシリアは婚約関係にある――それも2年以上の長きにわたって、続いているのだ。


 2人が単に結婚式を挙げないのは先のディサッシェン女公であったイリーナが婚約を結んだ直後の2年と少し前に病で亡くなり、3年の間の喪に服すと決めたからだと言う。喪が明け次第に挙式するそうで、教会の手配やウェディングドレスの用意、果ては式場の装いや演奏させる楽団の指名、招待客の選別などなど、着々と準備が進められているらしい。

その挙式の後で、メレンドルフはディサッシェン公として正式に即位するのだそうだ。


 「あんなに不仲なのに、よく結婚する気になったな」

そう呟いたのはディサッシェン公国の宗主国であるウェスタリア帝国の皇太子レヴァノスであった。腹心の配下である宰相の跡取り息子や将軍の娘達が頷く。

「いつもあのような関係らしいですわ。顔を合わせれば舌戦が始まっているそうです」

「ユウェナリア男爵令嬢の気が強すぎるのですよ。ディサッシェン公子の方が遙かに身分も上なのに、あの噛みつきよう。貧乏男爵家の娘なのに……恐れを知らないのでしょうか」

「いや、ユウェナリア男爵令嬢を是非とも息子の婚約者にと望んだのは先のディサッシェン女公閣下だと聞いている。やっとの思いで見つけたと安堵されたとか。きっとそれを盾に、ああまでも不遜な態度を決め込んでいるのだろう」

「それにしても……水と油、犬猿の仲なのに良く続いている」


 ――自由に口先で戦える2人の関係性が、かえって腹にためこむものがなくて、政略的な婚約とは言え、お互いを心から信頼し合っている最大の要因になっているとは誰も知らない。

イリーナ女公が、それまで婚約者候補にお得意の弁論をぶつけてやり込め、ことごとく婚約を辞退されていた一粒種のメレンドルフに、ただ1人反撃してまともにやり合ったセシリアの存在を知って、ユウェナリア男爵家に『たっての願いだ』と押しつけるようにして婚約を結べたことに安堵した胸の内も……彼女亡き今となっては神のみぞ知ることになってしまった。


 メレンドルフもセシリアとも、お互いに『相手が己の運命の相手だ』とまでは思っていないが、こうやって思う存分に舌で戦う毎日が中々に楽しいのである。

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