孤狼の苦悩

 雲間から僅かに差し込む月の光が、滝の落ちる谷に集まったオオカミ達の瞳を照らす。

 複数の金色の視線が全身に突き刺さり、ツルギは少し後退あとずさった。

 震える銀色の身体に、情け無い自分の黒い尻尾が巻き付く。

 同じ種族の同胞とはいえ、ツルギに向けられる感情はいつも【失望】と【軽蔑】だった。


 この世界の大半から悪者扱いされているオオカミ達は、定期的にこの【月光の滝】に集まり、真夜中の会合を開いていた。

 会合では互いに得た情報を共有したり、次の大きな狩りの計画を練ったりする。

 しかし、今回の会合の目的は通常とは異なった。


「銀狼の子よ、ここ数日の行動を報告せよ」

 一番奥に座る白い老いたオオカミが、しわがれた低い声で命じた。

 真後ろには激しく滝が落ちていたが、不思議とその音にかき消されることなくツルギの耳に届く。

「ここ数日…?えっと…、夢の中で変な鳥を食べました」

 ツルギはなるべく無難な答えを出そうとしたが、ここ数日は奇々怪々な出来事ばかりで、周りのオオカミ達を納得させられるようなものは見つけられなかった。

 うわごとのようなツルギの発言に、オオカミ達は不機嫌そうに唸った。

「他に報告すべきことがあるだろう」

 白いオオカミが、ほとんど開いていない潰れた目でツルギを睨み付ける。

「貴様…、再び人間と関わっておるな…?それも、あの忌々しい赤い悪魔とな…!!」


 ツルギはドキリとした。

 自分が赤ずきんの飼い犬のような状態であることを、他のオオカミ達が良く思うわけがなかった。

 色でも行動でも目立つ赤ずきんと何度も森の中を出入りしていれば、誰かに見られていてもおかしくはない。


 しかし、【再び】とはどういうことか。

 なぜ赤ずきんが【赤い悪魔】と呼ばれているのだろうか。

 ぼんやりとしか残っていないツルギの幼い記憶の中に、確かに赤ずきんらしき影はあった。

 やはり自分は幼い頃、赤ずきんと関わっていたのか…?


「銀狼が…、なぜ死んだのか忘れたのか…!!」

 怒りに震える白狼の言葉に、最近同じようなことを赤ずきんも言われていたことを思い出す。

 しかし赤ずきんと違って、自分には当時の記憶などない。


「このままでは、貴様はいずれオオカミを滅ぼす」

 白狼の言葉に呼応するように、ツルギを敵視する周りのオオカミ達も唸り声を上げる。

 激しく落ちる滝を背に立ち上がった白狼は、自分達にとって危険な存在となった銀狼の子に向かって、残酷な命を下した。

「明日の晩までに赤い悪魔を殺して来い」

 月光に反射する潰れた瞳が、ツルギに突き刺さる。

「それが出来なければ、貴様を処分するしかあるまい」





 ***





 赤ずきんが目覚めると、昨晩外出していたツルギは家に戻って来ていた。

 ベッドの下を覗き込むと、昨日から様子のおかしいオオカミと目が合う。

 目が合った途端ツルギはビク付き、悲しそうに視線を逸らした。


 首根っこを引っ掴み、引き摺り出したオオカミの全身をチェックする。

 特に怪我などはしておらず、変わった様子はない。

 病気かとも思ったが、どこを触っても痛がったりはせず、苦しそうな様子もない。

 赤ずきんは首を傾げ、ツルギの頭を軽く叩いた。

「なんなんだよ、オマエ…。昨日から変だぞ」

 赤ずきんがオオカミの寿命について考え始めたところで、玄関からノックの音が響いた。


「おはよう、りんごほっぺくん…!今日も秘密基地に集まるの…?」

 当然の如く迎えに来た白雪は、挨拶するや否や赤ずきんに顔を近づけ、おもてで洗濯を干している赤ずきんの母親に聞こえぬよう小声で訊ねた。

「きょっ…、今日は無しだ!あんまり頻繁に集まってたら、怪しまれるだろ…!」

 驚いた赤ずきんは声を裏返し、目と鼻の先にある白雪の顔から逃れるように後退あとずさり、赤らんだ自分の顔を背けた。

 白雪は「なるほど」と頷き、さらに訊ねた。

「じゃあ、僕は何をすればいい?何か僕にできることってある?」

「オ…、オマエの仕事は情報収集だ!いつも通り過ごして、変な噂とか聞いたらおれに報告しろ…!アリスとおれ等が関わってることを、他のヤツらにバラすな!他人の振りをしろ!」

「了解であります、りんごほっぺ隊長っ!」

 昨日アリスと決めた役割を伝えると、白雪は上官に従う兵隊のように姿勢を正して敬礼した。

 戯けているとはいえ、次期国王のへりくだった態度に、少し気を良くした赤ずきんはニヤリとした。


 そんなやり取りをしているうちに、白雪はふとツルギの様子が気になった。

 いつもなら真っ先に駆け寄って来て甘えていたオオカミは、赤ずきんから少し離れた位置に大人しく座って下を向いている。

「ワンちゃん…、どうかしたの?」

 白雪が覗き込むとツルギは驚いて顔を上げ、誤魔化すように首を傾げた。

「昨日からおかしいんだよ、ソイツ。怪我してるわけでもねーし」

 お手上げといったような赤ずきんの言葉に、白雪は元気の無いオオカミを優しく撫でた。

 白雪の手の温もりが、オオカミの心を余計に苦しめた。

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