月夜の会合
【この国の王子は、魔女の血を引いている】
白雪から明かされた真実に、恐怖を追い求める二人の少年は戦慄した。
白雪が【始まりの逆】と繋がっている可能性も捨てきれないが、身体に魔女の血が流れているのなら、禁書がこの隠し部屋へと誘ったのも納得ができる。
「この国の女王が魔女だというのか?」
アリスの問いに、自称魔女の息子は頷いた。
「うん。母様は身分を隠すために魔力を封じているから、魔術を使ったりはしないけどね」
「オマエも魔術が使えるのか?」
赤ずきんはアリスと自分では実現できなかった、この隠し部屋の書物に載っている全ての禁忌魔術が試せるのでは?……という期待に身を乗り出した。
しかし白雪は「残念だけど、僕は使えない」と首を横に振ったので、好奇心の塊は
魔女の息子といえど、学校で習うような危険な代償の無いおまじない程度の魔法しか使えないという。
アリスは白雪がまだ何か隠しているように感じたが、その思考は昼休みの終わりを告げる予鈴に遮られた。
未だ詳細の知らぬ二人の活動に協力するため、白雪は赤ずきんを無理に連れて行ったりせずその場に残し、アリスとは他人の如く距離をとって図書館から教室へと戻った。
女装王子の束縛から解放され自由になった問題児は、本に囲まれた部屋の中でしばらく呆然としていたが、突然知り得たこの国を支配している魔女の存在に、再び新たな恐怖を期待してニヤついた。
放課後。
周りの友達に挨拶をしつつ、白雪はいつも通り赤ずきんを探しながら校舎を出た。
西陽の差し込む校庭を目の前にして、ふと足を止める。
《普段なら…、ここでかぐやくんに話しかけられるのに…》
校舎の出入り口を振り返り、正体がバケモノだったと明かされた消えた友達のことを考えていると、横から声をかけられた。
「赤ずきんを探してんの?」
振り向くと、何やら荷物を抱えたシンデレラが、首を傾げて立っていた。
先生の手伝いでもしているのだろうか。
両腕に抱えられた大きな箱の中には、色とりどりの紙や布が入っている。
「赤ずきんなら、もう学校内にはいないと思うぜ?あいつ、いっつもふらふらしてっからなー…」
「ありがとう、シンデレラくん。本当にもう…、どこ行ったんだろ」
困ったような顔で笑う貧相な少年に、抱え込んだ不安を笑って誤魔化しながらお礼を言うと、シンデレラは真剣な表情になり、小声で訊ねた。
「白雪ちゃん、今日なんか変だぜ…?何かあったの?」
白雪は無関係だと思われる友達に余計な心配をさせないよう、はにかみながら首を横に振った。
「ううん、心配しないで。昨日変な夢を見ちゃって、ちょっと混乱してるだけだから」
「なぁんだ、そんなことか!急に全然知らないやつの話するから、何事かと思ったよ…!」
誤魔化すための言い訳に嘘は無かったが、何も知らず朗らかに笑うシンデレラに、白雪は少々胸を痛めた。
その頃。
赤ずきんは校舎の裏手から
平日にアリスと話す時、いつもなら隠し部屋に集まっていたが、白雪に部屋の存在と立ち入り方法を知られてしまった以上、通常通りとはいかなかった。
「で、どうすんだよ?」
校舎を貫く大木を背に本を読んでいるアリスに、赤ずきんは問いかける。
側から見たら、不良が優等生に絡んでいるようにしか見えないだろう。
「現段階では、奴を完全に信用できるわけではない。その上あいつは目立ち過ぎる」
本に視線を落としたまま、五感の鋭い赤ずきんにだけ聞こえる声量でアリスは答える。
「不必要なこちらの情報は与えず、あいつの社交性を利用し、情報収集でもさせてやろう」
他の生徒達と関わることの少ない二人にとって、クラス内で人気のある白雪の利用価値は、そこにしか無いように思われた。
アリスと別れ、赤ずきんが草原まで戻ると、長くなった草むらの中、いつものようにツルギが伏せて待っていた。
しかしいつもとは違い、赤ずきんが接近しても立ち上がるどころか気付くこともせず、ただただ何もいない地面をぼうっと眺めている。
「おい」
側にしゃがんで頭を叩くと、気の抜けたオオカミは驚いて飛び上がった。
「オマエそんなんじゃ、その辺の子豚に殺されるぞ」
主人の呆れた眼差しに、ツルギは逆立った毛と耳をしょん…と下げた。
その夜。
赤ずきんが眠りについたことを確認したツルギは、静かに窓から外へと降り立った。
月の光に照らされて銀色に光る草原を駆け抜け、森へと至る。
滝の音が聴こえる方角へと重い脚を進め、岩肌の露出した谷に到着した。
既に集まっていたオオカミ達が振り返り、ツルギに冷たく刺す様な視線を浴びせる。
「来たか…」
一番奥にいた大きくて真っ白なオオカミが立ち上がり、月夜の会合が始まった。
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