同胞

「え……?」

 突きつけられた現実に強張る身体。

「冗談であってほしい」と願いながら、白雪は恐る恐る示された【犯人】の方へと視線を向けた。

「本当なの…?りんごほっぺくん…」

【犯人】は見開かれた美しい瞳から逃げるように視線を逸らし、ため息を吐いて舌打ちをする。

 アリスは白雪を泣かせたことがないから知らないのかもしれないが、赤ずきんは充分過ぎる程それがどれだけ厄介なのかを知っている。


 ……この際だ。

 アリスに【それ】を教えるいい機会かも知れない。


「もうどうにでもなれ」とでも言うように、開き直った【犯人】は自分の犯行を認めた。

「ああ、そうだ。おれが粉々にした」

「嘘…でしょ…?」

 大好きな友達の口から出た【真実】に、白雪はさらに驚愕し、その場にへたり込んだ。

「なんでそんなことしたの…!?」

 白雪の震える声に訊ねられた赤ずきんは、自分を見つめる潤んだ瞳に顔を顰め、つい最近まで穴の空いていた左脹脛ひだりふくらはぎを指差して答えた。

「ここにあった穴は、かぐやに空けられた」

 逸らしそうになる視線をなんとか白雪に合わせ、いやらしく笑って続ける。

「アイツは【化け物】だったんだよ…!」


 今まで伏せられてきた真実を知った白雪は少し俯き、自分の感情と頭に入っている情報を整理した。

 赤ずきんが病院から帰って来たあの日、怪我について質問しても顔を背けて何も教えてくれなかった理由。

 赤ずきんとアリスが、教室内で赤の他人を装っている理由……。


 この二人は、自分が知らない【何か】と戦っているのかもしれない。


 やがて顔を上げ、大事な友達をしっかり見据えて頷いた。

「僕の為に黙っててくれたんだね」

 白雪が泣き出すだろうと思っていた赤ずきんは、その落ち着いた態度に驚きたじろいだ。

「僕を巻き込まない為に」

 白雪はゆっくりと立ち上がり、赤ずきんに近づいて両の手を取った。

「もう大丈夫だから」

 本の壁を背に逃げ場を失った【犯人】は、握られた両手を解くことも出来ず、ただただその場で眼を見開いた。

「隠し事はしないで。僕も君達の力になるよ。だって僕達、友達でしょ…?」


 赤ずきんが何も言えないでいると、白雪は少し考えるように横に目を逸らし、決心したように頷いた。

「……そうだね。お互い隠し事は無しにしよう」

 驚き戸惑う友達と冷ややかな視線を向ける友達の顔を交互に見つめ、少し顔を伏せて訳あり王子は自分の真実を話し始めた。

「初めて会った時、アリスくんは僕に『お前は魔女なのか?』って訊いたよね。あの時、僕自身は魔女じゃないから『違う』って答えたけど、本当はね……」

 顔を上げた王子は悲しそうに微笑み、白状した。

「僕、魔女の血を引いているんだ」





 ***





 時折吹く南からの風で森の木々が騒めく。

 薄暗く湿ったおとぎの森の中。ツルギはいつものように簡単な獲物を探しつつ、赤ずきんの学校が終わるまでの時間を潰していた。


 赤ずきんと同居し始める前とは違い、必死で獲物を追わなくとも生きていける。

 今のツルギにとっての狩りは、上手くいけばオヤツの付くただの運動だった。


 地味な色をした小鳥を捕まえ損ねたところで、ツルギは木々の隙間から見えるギザギザの形をした空を見上げた。

 太陽は空のてっぺんを少し過ぎたあたりに位置している。

《あと少ししたら別の場所に行ってみるか…》

 そんなことをぼんやり考えていると、真後ろにある茂みが揺れ、一匹のオオカミが飛び出して来た。


 茶色い毛皮に包まれたオオカミはツルギを両前脚で押し倒し、牙を剥いて唸った。

 突然の出来事と久しぶりに会う同胞にツルギは驚き、目を見開いた。


 傷を持った鋭い視線に、獣の匂いのする薄汚れた毛皮。

 しばらく唸っていた茶色いオオカミは、相も変わらず情け無い知り合いの様子に思わず吹き出し、豪快に笑いながら相手の頬を叩いた。

「誰かと思えば、銀狼様んとこの臆病息子じゃねぇか…!身体から石鹸の匂いなんかさせやがって!人間かと思ったぞ!」

「ああ…。まぁ、いろいろありまして…」

 苔むした地面に背を付けたまま、ツルギは弱々しく笑う。

「最近会合にも来ねぇから、てっきり死んだのかと思ってたぜ!」

 茶色いオオカミは押さえ付けている前脚に力を入れ、ツルギの身体に爪を食い込ませ、耳に顔を近づけ、低く冷たい声で囁く。

「いっそ、死んでりゃ良かったのになぁ…?」

 笑ってはいるものの、ツルギを捕らえている黄色く濁ったその瞳は、目の前の弱々しい銀色のオオカミを軽蔑し切っていた。


 幼い頃の記憶が抜け落ちているため、詳しい経緯は分からないが、ツルギは以前からこうして他のオオカミからも嫌われ、馬鹿にされ続けてきた。

 その原因は、自分の不甲斐無さにあるとツルギは理解していた。


 茶色いオオカミは痛みに震える銀色のオオカミを鼻で笑い、その上から飛び退いた。

「今夜の会合には来い」

 背を向けたままそう呟くと、久し振りに会った同胞は森の中に消えた。

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