禁書に招かれた少年
午前の授業が終わり、昼食を一緒に摂ろうと赤ずきんを探していた白雪は、校庭の向こうからオルゴールのような音が聴こえることに気が付いた。
音の出どころを探してしばらく歩き回っていると、校庭から少し離れたところに生えている大木に扉が付いているのを見つけた。
音はそこから聴こえているようだった。
大木に近付いてみると、その扉の上には《図書館》と書かれた表札が付いていた。
オルゴールの音は、この中から聴こえている。
《もしかしたら、りんごほっぺくんはこの中にいるかもしれない》
そう思った白雪は扉を開け、地下へと続く階段を降り、図書館の中へと入った。
オルゴールの音以外は聴こえない静かで薄暗い図書館内は、たくさんの本と本の匂いで満たされており、外からでは想像も出来ないほど充実していた。
白雪は列を成す本棚と本棚の間を覗き、赤い頭巾の友達を探しながら、オルゴールの音のする奥へと進んだ。
最奥にある歴史書が並ぶ棚の側を通りかかった時、ふと真っ黒な本の背表紙が視界に飛び込んできた。
オルゴールの音は、その本から聴こえているようだった。
タイトルの書かれていないその本を不思議に思って眺めていると、何の前触れもなくいきなり白雪の手元に落ちてきた。
驚きながら慌てて両手で受け止めると、黒い本は何も書かれていないページを開いて見せた。
オルゴールの音が強くなる。
白雪がオルゴールの音を奏でる黒い本を持ったまま呆然としていると、真っ白なそのページに薄っすらと文字が浮かび上がった。
「マージ イマセス ヌーポ…?」
訳もわからないまま口に出して読むと、オルゴールの音は止み、浮かんでいた文字は薄れて消え、階段の絵が現れ、本は白雪を吸い込み、そしてーーー…。
「……ここに落ちて来たってわけ。正直、僕にもよく分からないよ」
白雪の話を聞き終えると、元々この隠し部屋に出入りしていた二人は顔を
「オルゴールの音だと…?」
「そんなの、今まで聴いたことねぇぞ…!?」
互いに顔を見合わせ、首を捻る。
「でもホントに聴こえたんだよ。嘘じゃないもん」
白雪は困った表情で少し俯きながら、狼狽える二人を見つめた。
「じゃあ、君達はどうやってこの部屋に入ったの…?」
禁書は6年前、赤ずきんが森の中で発見し、アリスが3年かけてこの部屋の存在と出入りの仕方を解読した未だ謎多き書物だ。
白雪はその禁書に誘われるように、この部屋に辿り着いた。
黒い表紙と身に纏ったボロボロの黒い布が、脳内で重なる。
《禁書はあの黒い男と同じように、白雪を自分達に関わらせようとしている》……そう感じるには充分だった。
禁書とこの隠し部屋が【始まりの逆】と繋がっている可能性が浮かび上がってきたところで、白雪が口を開いた。
「…ねぇ、ここって二人の秘密基地なの…?」
自分達を取り囲む沢山の本でできた壁を興味深そうに見上げた後、赤ずきん達に視線を戻し白雪は続ける。
「僕も仲間に入れてよ。誰にも言わないから…!」
赤ずきんは顔を引きつらせ、アリスの反応を窺った。
アリスは眉間に皺を寄せ、恨みたっぷりの冷たい目で白雪を睨んだ後、舌打ちをした。
「いいだろう…」
「ホント…!?」
アリスの返答に白雪は顔を輝かせ、驚く赤ずきんの手を取って、嬉しそうにくるくる回った。
「お、おい!やめろ…!!」
赤ずきんは情け無い悲鳴を上げつつ、「正気か!?」とアリスを見たが、白雪に抱き締められ、へなへなと床にへたり込んだ。
アリスにとって白雪は絶対にこの部屋に入れたくない人物のひとりだった。
しかし隠し部屋への行き方を知られてしまった以上、無視するわけにもいかない。
この部屋が拡張したのは、恐らく白雪を招くためだったのだろう。
見るに、追加された書物はどれも白雪が好みそうなものばかりだった。
どちらにせよ、自分達は誰かに監視され、コントロールされている。
それならばいっそ、操られている振りをして、土壇場で裏切ってみるのも面白い。
アリスはそう考えた。
「あっ、そうだ…!」
しばらく本を見て回っていた白雪が、不意に何かを思い出して声を上げた。
「アリスくん、かぐやくんのこと分かるよね…!?」
アリスは教室内でのやり取りを聞いており、白雪が何を訊きたがっているのかは理解できた。
「かぐやが消えた原因は分かるが、俺達以外の記憶からも消えている理由など、俺にも分からん」
「えっ!?かぐやくんに何があったか知ってるの…!?」
白雪を泣かせたくない【かぐやが消えた原因】を作った張本人は、アリスに向かって激しく首を横に振った。
しかし非情な秀才は、お構い無しに赤ずきんを指差し、真実を述べた。
「こいつが破壊した」
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