記憶からも消えた少年

「かぐやくんは、今日もお休み?」

 クラスメイトと話していた白雪は、今日もかぐやの姿が見えないことに気が付き、周りの友達に訊ねた。

 すると、その場にいた全員がそれぞれ顔を見合わせ、騒めいた。

「《かぐやくん》って、誰…?」

 仔豚のブリックが、首を傾げて訊き返した。

「誰って…、和服を着た長い黒髪の、ロマンチックな男の子だよ…!ほら、シンデレラくんとよく一緒にいた…!」

 白雪の言葉に、みんなが一斉にシンデレラの方を向く。

 驚いたシンデレラは慌てて「おれも知らない」と首を振り、目を瞬かせて首を傾げた。

「誰だ…?そいつ…。そんなやついたか…?白雪ちゃん、誰のこと言ってんの…?」

 心臓が冷えるような感覚がして、白雪はその場に凍りついた。

「嘘でしょ…。みんな…、かぐやくんのこと、忘れちゃったの…?」


 白雪は狼狽した。

 綺麗な両眼を見開き後退り、小さな肩で息をする。

 確かに自分はこの学校に通い始めたばかりだが、確かにかぐやという少年は存在したはずだった。

 自分の記憶に自信が持てなくなってきた美しい転入生は、かぐやのことを知っているはずの大事な友達の元へと急いだ。



 赤ずきんは白雪の話を聞くと、一瞬驚いてから渇いた声で笑った。

「ざまぁねぇな…!」

「りんごほっぺくんは覚えてるんだよね!?かぐやくんに何があったか知ってるの!?」

 他とは違う赤ずきんの反応に、白雪は身を乗り出してさらに訊ねた。

 赤ずきんは今にも泣き出しそうな表情で迫る白雪に顔を火照らせながら、真実を伝えるか迷った。

 本当の事を話せば、白雪は確実に泣き出してしまうだろう。

 これ以上、クラス内で注目を集めるようなことはしたくない。

 赤ずきんは「さあな」と笑って、顔を窓の方へと背けた。


 あの夜、自分が破壊した自惚れ屋の存在が、大多数の記憶からも消えている。

 原因は自分の呪文か?

 それとも、あの黒い男の仕業か…?

 新たな恐怖の出現に、笑みが溢れた。



 二時間目の授業の最中、いつものように赤ずきんは窓から脱走した。

 またあの男によって教室内に戻される可能性もあったが、昼になるまで白雪と一緒にいるわけにはいかない。

 周囲を確認し、図書館に滑り込む。

 相変わらず静かで人気の無い図書館内を駆け回り、他に誰もいないことを確認すると、赤ずきんは棚に紛れ込ませてある黒い禁書を手に取った。

 66ページを開き、いつもの呪文を唱える。

 問題児が本の中に現れた階段の奥に消えると、禁書は元の棚へと戻った。


 隠し部屋に降りた途端、赤ずきんは異変に気付いた。

 半径2.5メートルほどだったはずの部屋が、1メートルほど広くなっている。

 この部屋を見つけて出入りするようになってから、こんなことは一度もなかった。

 壁一面は今まで通り本で埋め尽くされており、部屋の拡張が確かであれば、本の冊数も増えているはずである。

 赤ずきんは目新しい禁忌魔術書が無いかと、本棚の壁を漁った。

 しかし、増えていたのは花を中心とした植物の図鑑や料理本ばかりで、凶悪な問題児の興味をそそるものは無かった。



 やがて午後になり、アリスが部屋に降りて来た。

 アリスもすぐに部屋の拡張に気が付き、寝そべって禁書を読んでいる赤ずきんに問いかけた。

「お前…、何かしたか?」

「何も?」

 本を閉じて立ち上がり、室内を警戒している秀才に、自分がここに来た時点で既に拡張していたことを伝えようとした瞬間、可愛らしい悲鳴が聴こえるのと同時に全身に柔らかい衝撃が走った。

 問題児は床に突っ伏して呻き、上に降って来た柔らかな正体は周りを見渡し、驚きの声をあげた。

「えっ!?アリスくん…!?ここどこ…!?」

 アリスは招かれざる来客に驚き、目を見開いて硬直し、赤ずきんは顔を赤らめて怒鳴った。

「なんで白雪を連れて来た…!!!」


 赤ずきんもアリスも、ここへ来る際はいつも誰にも気付かれぬよう、細心の注意を払っている。

 アリスにとって、赤ずきんの足枷にしかならない白雪をここに連れて来るなど、言語道断だった。


「どうやって入った…?」

 アリスは目を見開いたまま、怒りと驚きに震える声で白雪に訊ねた。

 不思議と口角はつり上がっている。

 白雪は自分が潰してしまった赤ずきんを心配しながら、アリスの問いに首を傾げた。

「わからない…」

 美しい王子は不安そうな声で、自分の記憶を辿りつつ、ここに来た経緯を話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る