来訪者
風と共に天井の大穴から降ってきた人間は、黒く長い髪とドレスをはためかせ、赤ずきんに直撃した。
白ウサギは短い悲鳴を上げてアリスの後ろに隠れ、チェシャ猫はアリスの肩の上に避難する。
アリスは視界の邪魔になるチェシャの尻尾を手で払い除けながら落ちて来た人物を確認し、目を見開いた。
濡れた石畳に顔を付けて呻いた赤ずきんは、自分を押し潰しているそれをどけようとしてギョッとした。
艶やかな黒髪、すべすべした白い肌、優しい花の香り…。
上から降って来たのは、白雪だった。
仰向けの白雪は赤ずきんの上でぐったりしており、意識は無いようだ。
驚きを恐怖が上回る。
赤ずきんは身体を床に付けたまま、頭だけを浮かせた状態で硬直した。
眠れる白雪は赤ずきんの上で、静かに寝息を立てている。
「揃った…」
白雪を目にしたチェシャ猫と白ウサギが同時にそう呟くのを聞いて、アリスは眉間に皺を寄せた。
「何がだ…?」
アリスの問いに、白ウサギがもじもじと答える。
「理由は分かりませんが…、なんとなく…、そう感じたのです…」
チェシャ猫はアリスの肩の上でゆっくりと身体の色を変化させながら身を乗り出し、白雪の顔を見て頷いた。
「このコは間違いなく、この世界の重要なピースよ…!」
次の瞬間。
暗かった牢に明かりが灯った。
壁に備え付けられた蝋燭全てに火が付き、地下牢全体を照らす。
濡れていた石畳の床は乾き、肌寒い空気は安堵するような暖かさに変わった。
「なんで白雪が降って来るんだよ…!?」
気絶している白雪を自分の上に乗せたまま、かろうじて上半身を起こした赤ずきんが、震える声で喚いた。
アリスは動けないでいる赤ずきんの上から白雪を引きずり降ろし、頭巾を掴んで赤ずきんを立たせた。
「おそらくお前と同様に、肉の文字を見たんだろう」
自分の考えを述べながら、アリスは意識の無い忌々しい美少年を睨んだ。
白雪が此処に現れたせいで、赤ずきんの動きが悪くなるのは明白だった。
此処で白雪を殺したら、どうなるのだろうか…?
冷たい思考が、アリスの脳内を駆け巡る。
頬を染め、そわそわする赤ずきんのさっきとは明らかに違う様子を見て、チェシャ猫はニヤリとした。
「頭巾きゅん、チューして起こしたら?」
「はあッ!!!!!?」
赤ずきんの悲鳴が牢内にギンギン響き、白ウサギは体をビクつかせた。
さらに顔を赤く染めた問題児に、身体をピンク色に変えた猫はクスクスと畳み掛ける。
「頭巾きゅん、好きなんでしょお?そのコのコト…!」
言葉にならない声で赤ずきんが何か言い返すより先に、アリスはチェシャの口を掴んで黙らせた。
そうこうしている間に、白雪が小さく呻き、うっすらと目を開けた。
ぼんやりと見える天井の大きな黒い穴。
まるで洞窟のようなその場所は、自分が元いた木製の家とは大きく違っていた。
「え…?ここ…どこ…?」
起き上がった白雪は、近くにいた赤ずきんを目にすると、ふらふらと駆け寄った。
「りんごほっぺくん…!大丈夫!?怪我は…?」
「は…?怪我…?」
白雪は接近する自分から逃げるように後退りする赤ずきんの
「傷が…塞がってる…」
銅貨サイズの穴が開いていた
「どうやって此処へ来た」
アリスの声に振り向いた白雪は、アリスの肩の上でニヤつく妖艶で奇妙な猫と、アリスの足にしがみ付くようにしているメイド服を着たウサギに驚いた。
「アリスくん…!?ここはどこなの…?」
「質問を質問で返すな。どうやって此処へ来たか答えろ」
アリスの突き離すような冷たい言葉に、白雪は俯き、記憶を絞り出すように口を開いた。
「…気絶しちゃったりんごほっぺくんの傷口を見てたの。そしたら…、吸い込まれるような感覚がして、意識が途切れて…」
「気付いたらここにいた、ってか」
後ろを向いた赤ずきんが「ケッ」と吐き捨てるように白雪の話を繋ぐと、アリスは舌打ちをした。
やはり此処へ白雪を送り込んだのは、【始まりの逆】か…。
「ここは【不思議の国】。アリスきゅんの夢の世界よん♪」
アリスの肩から降り立ったチェシャ猫が、不安げな白雪に語りかける。
「アリスくんの夢の中なの…?」
白雪は、身体の色を薄いピンク色から新雪のような色に変えた目の前の不思議な猫を見つめて首を傾げた。
「余計な事を言うな」
アリスに冷たく睨まれ、アリスが落ちて来たこの美少年に対して殺意を抱いていることを察したド派手な猫は、耳と尾を垂れ、アリスだけに聞こえる落ち着いた声で囁いた。
「ダメよ、アリスくん。このコを殺すのは。このコは大事な鍵なのよ」
チェシャ猫の理解できない言葉に、アリスは不機嫌そうに視線を逸らした。
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