アリスの目覚め
「わっ…、私ですかっ…!?」
指名された白ウサギは大きな眼を瞬かせ、チェシャ猫を見つめた。
「そ〜よ、メイドさんっ!アナタの出番っ!」
チェシャは赤ずきんの頭の上で、うんうんと頷いた。
「で、でも私…、どうしたら良いのか……」
赤ずきんに乱暴に掴まれたまま眠り続けるアリスとチェシャ猫を交互に見ながら、白ウサギはまごついた。
「簡単な事よ!アリスきゅんにチュ〜するのっ!たったそれだけっ☆」
「…………はあッ!?」
間を置いて、今度は赤ずきんが素っ頓狂な声を上げた。
顔を歪める赤ずきんの頭の上で、チェシャは一人と一匹に解説する。
「こ〜いう場合はねぇ、好きな相手にキスされれば目覚めるものなのよんっ!起きない時は、とりあえずチュ〜すればいいの☆」
「で、でも…、そんな、私…!」
狼狽するメイドに、チェシャはたたみかける。
「悔しいケド、アタシ知ってるのよぉ?アナタ達が恋仲だってコト!…まあ、アリスきゅんは無自覚みたいだけどねん☆」
もしウサギに毛が生えていなかったら、顔が真っ赤に染まっていただろう。
白ウサギは肩で息をし、両前足で口を押さえながら、よろよろと後ずさった。
確かにアリスのことは好いている。
しかし本人の許可無しに、身分の低い自分が、そんなことをしても良いのだろうか…?
自信ありげな妖しい猫と、呆気に取られ、口を開けたままになっている乱暴な少年の視線が、全身に突き刺さる。
もしこのまま自分が行動しなければ、アリスはずっと眠ったままだとしたら…?
白ウサギは、ぐったりと眠る、この世界の救世主の寝顔を見た。
「本当に、私がキスをすれば、アリス様はお目覚めになられるのでしょうか…?」
消え入りそうな声で、白ウサギは訊ねた。
「たぶん…ね☆」
その問いにチェシャは片目を瞑り、舌をチロっと出した。
白ウサギは不安げながらも、何かを決意した表情で、ゆっくりとアリスに近寄った。
「アリス様、どうか無礼をお許しください…!」
アリスの耳元で小さく囁くと、白ウサギは精一杯背伸びをし、ふわふわした小さな唇を、アリスの口に押し当てた。
赤ずきんは「うげっ」と顔を歪ませて笑い、チェシャ猫は身を乗り出してアリスの反応を見る。
白ウサギの唇がアリスの口を離れると、間も無くしてアリスはゆっくりと眼を開けた。
「アリス様…!」
「アリスきゅん…!」
「うっわ!マジで起きた…!」
歓声を上げる二匹と一人の顔を見回し、ここがどこなのか把握したアリスは、疲れ切った声で訊ねた。
「奴はどこだ…?」
「奴…?」
チェシャ猫と赤ずきんは表情を曇らせ、白ウサギは首を傾げた。
「…【始まりの逆】だ」
アリスはそう言うと、赤ずきんに掴まれていた腕を振り解いて立ち上がり、天井を見上げた。
そこには暗闇があるだけで、誰かがいる気配は無い。
「おまえ、アイツに会ったのか?」
赤ずきんが訊ねると、天井を睨んだままアリスは答えた。
「奴は俺の部屋に現れた」
アリスの表情は、明らかに不機嫌だった。
「俺が奴の存在に気付いた直後、意識が途切れて今に至る」
「アイツは隠し部屋にも現れた」
赤ずきんの言葉に、アリスは驚き振り返る。
「なんかワケ分かんねぇこと言ってきて、気が付いたらおれは教室にいた」
「お前はどうやって此処へ来た?」
アリスは眉を
赤ずきんは、竹を生やしたかぐやが襲って来たことと、眠ったまま目を覚さないアリスが入院していること、怪我のせいで白雪の家に連れて行かれ、そこで【肉の文字】を見て意識を失ったことをアリスに告げた。
「後で気付いたんだけどよ…。かぐやの竹に、コレと同じ模様があった」
そう言って赤ずきんが自分の右手人差し指にはまった指輪を見せると、アリスはより一層顔を険しくさせた。
「何もかもの原因が【始まりの逆】…か」
「目的は分からんが、奴は俺達を監視しているように思えるな…」
アリスの言葉に赤ずきんも眉を
「アイツの思い通りにコントロールされてるような気もするな」
二人が自分達の今後の行動について考え込んでいると、天井を見上げた白ウサギが立てた耳を前方に向け、大きな眼を見開いて呟いた。
「何か聴こえます…」
その場にいる全員が天井に注目すると、微かな風の音が聴こえてきた。
「なんだ…?」
新たな恐怖に期待した赤ずきんが、嬉々として真っ黒な天井の穴を見上げていると、鋭い風の音と共に人の形をした黒い何かが、真上に降ってきた…!
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