恋敵

 昼休みの時間になり、赤ずきんは逃げる隙も与えてもらえず、白雪に捕まった。

「お昼一緒に食べよっ!」

 白雪はレースの掛かった籠を持ち、掴んだ問題児の手を嬉しそうに振りながら、赤ずきんを校庭へと連れ出した。

 その様子を、クラス全員が恨めしそうに見送ったことは言うまでもない。


 白雪は芝生の上に赤ずきんを座らせ、レースの付いた薄いピンク色のハンカチを広げ、その上に籠の中身を並べた。

 ミートパイ、ポテトパイ、シチューパイ、チェリーパイ……そして、アップルパイ。

 小さくて可愛らしいパイ達は、もちろん白雪の手作りだ。

「好きなのどうぞ」

 白雪は自慢のパイ達を、赤ずきんに勧めた。

 アップルパイを目にした赤ずきんは、ギョッとした。

 このアップルパイの中には、既にアリスの仕込んだ毒が入っているのではないか…?

 自分の命の危機が迫っていることを全く知らない王子の横で、二人の板挟みになっている問題児は、ダラダラと脂汗を流した。

 赤ずきんにはもう、白雪の周りにあるりんごには、全て毒が入っているように思えて仕方なかった。


 赤ずきんは、とりあえず危険の無さそうなミートパイを手に取り、白雪を観察した。

 白雪は、ポテトパイを手に取った。

 それを見て、一瞬ほっとし、ハッとする。

 やはり自分は、この王子のことを心配しているのだろうか?

 受け入れたくない疑問を、ミートパイと共に喉の奥に流し込む。

 いつ殺されるかも分かっていないのに、何がそんなに満足なのか、白雪は常に幸せそうに微笑んでいる。


 しばらくして、白雪がアップルパイを手に取った。

 チェリーパイを口に含んだ赤ずきんに、緊張が走る。

 赤ずきんが見守る中、白雪は上品にサクサクとパイ生地を食み、やがて飲み込んだ。

 赤ずきんもそれを見ながら、あまり噛み砕けていないチェリーパイを飲み込む。

 アップルパイを半分以上食べても、白雪に何も起こらないので、赤ずきんは安堵した。

 そしてまた、ハッとする。

 やはり自分は、白雪にいなくなって欲しくないのだろうか…?

 白雪の存在を邪魔だと感じつつも、この女装王子を失うことを恐れているとでもいうのだろうか…?


「どうしたの?」

 はっきりしない自分の思考に困惑していると、白雪が心配そうに顔を覗き込んできた。

「なんでもねーよ」

 赤ずきんは顔を背けて素っ気なく応え、チェリーパイの残り半分を口へと放り込んだ。


 あのアリスの調合した毒薬だ。

 調理されたからといって、毒が消えるとは思えない。

 …つまり、あの毒りんごは、まだアリスの手元にあるのだろう。


 アップルパイの最後の一つを、白雪が赤ずきんに譲ろうとしていると、背後から小石が飛んで来て、赤ずきんの頭にポスッと当たった。

 振り返るとそこには、澄ました顔のかぐやが、木にもたれて立っていた。

「なんか用かよ」

 面倒臭いながらも、小石を当てられて黙っているのも癪だったので、赤ずきんはかぐやに声をかけた。

 かぐやはフッ…と気取ったように笑い、高い位置から赤ずきんを見下した。

「貴様になど用はない、私は白雪に用があるのだ」

《だったら、なんでおれに小石をぶつけたんだ…!》とも思ったが、面倒臭さが勝ってしまい、赤ずきんは舌打ちをして、再びかぐやに背を向けた。


「僕に用事…?」

 白雪がかぐやに向かって首を傾げると、「そうだとも」と気取った和服の少年は頷いた。

「君はまだこの学校に来たばかりで、この辺りのことは何も知らないだろう。良ければ私が学校付近を案内してあげようかと思ってね」

 そう言ってかぐやは歩み寄り、白雪の白くて小さな手を取った。

「綺麗な花の咲いている場所も知っている。…どうだ?私と共に行ってみないか…?」

 自惚れ屋の口説き文句に、赤ずきんは「うげっ」と顔を歪めた。

「本当…!?」

 白雪はかぐやの手を握り返し、顔を輝かせ、赤ずきんの方に振り向いた。

「りんごほっぺくん!かぐやくんが学校を案内してくれるって…!一緒に行こ!」

 白雪のその言葉に、赤ずきんはむせ返り、かぐやは目を見開いて硬直した。

「なっ…、なんでおれも行かなきゃなんねーんだよ!」

「そうだ!こいつに案内する場所など無い!」

 口々に叫ぶ二人の少年に、女装王子は微笑んだ。

「だって、人数多い方が楽しいでしょ?」

 二人の少年は顔を見合わせ、互いに顔を引きつらせた。

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