強制送還
窓辺で机を挟み、睨み合う二人の少年。
片やクラス
一刻も早く教室から立ち去りたい赤ずきんと、普段教室に現れない恋敵を逃がすまいとする和服の少年。
自分のせいでこの二人が火花を散らしていることに、女子達と会話を楽しむ白雪は気付くはずもなかった。
「もういいじゃないですか、かぐやさん。ただの友達って事で」
二人の睨み合いを制したのは、継ぎ接ぎの見窄らしい格好をした少年・シンデレラだった。
【かぐや】と呼ばれた和服の少年は、シンデレラを一瞥し、乗り出していた身を引いた。
「こんな薄汚い愚か者は、彼女の友達にすら相応しく無いだろう」
かぐやは赤ずきんを鼻で笑い、シンデレラと共に去って行った。
去り際にシンデレラが後ろを振り返り、「わりィ!」と口の動きだけで赤ずきんに小さく謝った。
赤ずきんは舌打ちをして、白雪が戻って来る前に窓から外に出た。
日中は秘密部屋に潜むことにした。
ここなら白雪も追っては来れない。
大きな本の椅子に腰掛け、本棚の壁にもたれ、高過ぎる天井を見上げる。
アリスは、いつ行動に移すのだろうか?
そういえば今朝は、白雪のせいでアリスの姿を確認出来なかった。
学校に来ているかどうかもわからない。
やはり人の目が多い校内で、殺すつもりではないのだろうか…?
……もういい。忘れよう。
あんな迷惑な女装王子の事なんて。
目を伏せ、首を振って、脳内から白雪を追い出そうとしていると、視界の端に青白い足が見えた。
ギョッとして顔を上げると、そこには今朝森で会った黒い男が立っていた。
この部屋に赤ずきんとアリス以外の人間が立ち入ったのは、初めてのことだった。
「どこから入った…!」
赤ずきんが立ち上がり、背を向けて本棚を眺める男に問いかけるも、返事はない。
男は本棚の下から二番目の列をゆっくりと目で伝っていき、真後ろに立つ赤ずきんの胸まで来ると視線を上げ、驚きと恐怖に満ちた幼い少年の目に合わせた。
初めて男と視線を合わせた赤ずきんは、凍てつく錆び付いた大きな鉄釘を、何本も心臓に打ち込まれるような感覚に陥り、胸を押さえて膝を突いた。
男は赤く、青く、順々に変色する紫色の瞳で、呻く赤ずきんを捕らえたまま、静かに微笑んだ。
赤ずきんは床に頬を付けた状態で、なんとか顔を起こし、再び男と視線を合わせた。
剥き出しの命に鋭い爪を立てられるような恐怖に、不思議と口角が上がる。
生気のない肌と白髪、黒くてボロボロな服装、悲しげな微笑み……。
【死】を具現化したようなこの男が持っているのは、白雪のものとは違う恐怖だ。
「オマエ…誰だ?【始まりの逆】…か…?」
凍り付く胸の痛みに悶えながら、赤ずきんは死人のような男にヘラヘラと訊ねた。
男は口を開き、答えにならないことを言った。
「キミはこのままで良いのかい?」
「は…?」
返って来た問いに、赤ずきんは眉をひそめた。
男は猫撫で声で質問を続ける。
「キミは此処に居ても良いのかい?」
赤ずきんはわけが分からず、目をパチクリさせた。
その瞬間、猛烈な浮遊感に襲われ、ギョッとして下を見ると、床が消失し、黒い穴が広がっていた。
咄嗟に何かに掴まることも出来ず、赤ずきんは穴へと吸い込まれた。
男は存在しない床の上を立ち歩き、深い穴の底へと落ちてゆく【指輪の持ち主】を見送った。
目覚めると、教室の机に突っ伏していた。
地面にぶち当たった衝撃も、身体に走る痛みも無い。
ハッと顔を上げると、語学の授業の真っ最中だった。
教科書を片手に持ったナナメ先生が、チョークで黒板に何か書いているのが見える。
他の生徒達はいつものように、黒板を写したり、手紙を回したりしている。
……どうやら、ここに落ちて来たわけではなさそうだ。
赤ずきんは狼狽した。
確かにさっき窓から教室を出て、秘密部屋に行ったはずだった。
教室で寝ていたはずはない…!
「もう…!やっと起きた」
隣に座っていた白雪が目を覚ました赤ずきんに気付き、クスクス笑いながら体を寄せて来る。
「今やってるのは、ここ…!」
開いた自分の教科書を指で指し示し、赤ずきんに見せる。
赤ずきんにとっては、授業の進行状況など、どうでもよかった。
あの男に、強制的にここへ連れ戻されたように感じていた。
アイツの目的は何なんだ…?
なぜ白雪のそばに居させようとする…?
微笑む白雪の向こうには、嫉妬に狂った目でこちらを睨むかぐやが見えた。
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