再接近

 アリスに残念な実験結果を報告し、他に何か方法はないか訊ねるために、赤ずきんはツルギを森に残し、学校へ向かった。


 学校は午前の授業が全て終わり、昼休みの時間だった。

 弁当を広げた同級生達が、楽しそうにお喋りしながら昼食を摂っている。

 気のせいか、今日はいつも以上に教室内が騒がしい。

 みんな嬉々としていて、事件があったというよりかは、何か興味深くて楽しいことがあったようだ。

 既に食べ終えたのか、アリスが室内に見当たらなかったので、赤ずきんは校舎の裏庭に回った。


 校舎の隙間から射す、真昼の日差しを浴びて輝く芝生に、様々な形の花壇が立ち並ぶ。

 光と影で妙な模様のついた芝生の上を歩きながら、アリスの姿を探した。

 ここにいないのならば、おそらく図書館にでもいるのだろう。


 そう思って図書館に体を向けた瞬間、後ろからゾッとするほど可愛らしい声がした。

「りんごほっぺくん…!」

 驚いて振り返ると、ここにはいないはずの白雪が微笑んで立っていた。

「もう、なんで教室にいないの?ずっと探してたんだから…!」

 急速に火照る身体と加速する鼓動を抑えながら、赤ずきんは質問を返した。

「なんでおまえがここにいんだよ!?」

 白雪はフリルの付いたドレスを揺らし、笑って答える。

「だって、僕も今日からこの学校の生徒なんだもん」

 赤ずきんは混乱した。

 一体何がどうなっている…?


 不意に沢山の視線を感じた赤ずきんは、周囲を見渡した。

 校舎の窓から、庭園の木陰から、生徒達が二人を見て驚き、ひそひそと話し合っている。

 先程の教室内での話題は、白雪だったようだ。


「白雪ちゃん!そいつと知り合いなの!?」

 校舎の窓から、子豚三姉妹の末っ子・ブリックが叫ぶ。

「うん!」と白雪は幸せそうに頷き、赤ずきんの腕を抱く。

「僕の大事なお友達だよ!」

 それを聞いた途端、生徒達が一斉にざわついた。

 赤ずきんは変な汗をかき、身体を強張らせた。


《アリスは…?アリスはどこにいる…!?》

 自分達を凝視する生徒の中を視線で探したが、やはりアリスの姿は無かった。

『もうアイツには関わるな』

 森の中で聞いたアリスの言葉が蘇る。

 言葉の真意は分からなかったが、白雪に関わることで、自分達に何かしらの不利益があることは予想できた。


 赤ずきんは乱暴に白雪の腕を掴み、ざわつく生徒達の目から走って遠ざかった。

 離れて行く二人を見て、ゴシップ好きな生徒達は一層騒がしくなった。


 校舎から離れたところで、赤ずきんは白雪に食ってかかった。

「何しに来たんだ!」

 白雪を睨み付けてやろうとしたが、恐ろしい王子を直視出来ない赤ずきんは、目を泳がせてしまった。

 白雪は大きな眼をまんまるにして赤ずきんを見つめ、その表情から何かを察し、申し訳なさそうに呟いた。

「ごめん…。恥ずかしかった…?」

「そうじゃねぇ!!!」

 すかさず赤ずきんが叫ぶ。

 確かにそれもそうだった。

 しかし今訊きたいことは、それではない。

「あっ!そうだ、お昼まだでしょ?一緒に食べない?」

 そう言って白雪は、持っていた可愛らしい籠からサンドイッチを取り出して見せた。

 朝からまともに食べていない赤ずきんは、空腹に負け、仕方なく付き合ってやることにした。


 裏庭の隅にある、石でできた長椅子に座り、二人で真ん中から大きな木の突き出た校舎を眺める。

 瑞々しいフリルのようなレタスと、塩気の効いた分厚いハムの挟まった手作りのサンドイッチを上品に食べながら、白雪はここに来た経緯を話した。

「君達が帰った後、おばあちゃんからアリスくんが『学校に通ってる』って言ってたってことを聞いたら、僕も通いたくなっちゃって…。『この国の子供達が普段どう過ごしているのか知ることも、次期国王としての使命』なんて理由付けて母様から許可をもらったけど、本当はね…」

 空をのんびりと流れる雲から、赤面する赤ずきんへと視線を移し、白雪は微笑んだ。

「りんごほっぺくんに毎日会いたかったからなんだぁ…」


 白雪の、この上無く恐ろしい言葉を受けた赤ずきんは、刻んだピクルスの入った卵サンドを口に含んだまま凍りついた。

《おれに「毎日会いたい」だと…?コイツの真の目的は何なんだ…?》

 口の中のサンドイッチをなんとか飲み込み、恐る恐る白雪を見る。

 案の定、直視はできなかったが、すぐ隣に座る王子に男らしさは一切無く、誰がどう見ても美しい少女でしかなかった。

 赤ずきんは白雪から目を逸らし、訊ねた。

「なんでその格好のまま来たんだ」

「実はね…」

 白雪は悪戯っぽく微笑み、赤ずきんに囁いた。

「僕は女の子として、この学校に通うことになったんだ…!」

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