友達
激痛と失血により意識を失った二体の醜いトロルの側で、白雪は剣を鞘に収めた。
黄色い土は赤黒く染まり、付近の木々にも血が飛び散っていた。
おどろおどろしい風景の中に立つ、汚れ一つ無い白雪は、この世のどんなものよりも美しく、恐ろしかった。
赤ずきんは岩にもたれかかったまま、見開かれた目で白雪を凝視していた。
「大丈夫?りんごほっぺくん」
視線の先の恐ろしい少年に声をかけられ、自分が白雪に見惚れていたことに気付いた赤ずきんは、慌てて目を逸らした。
「怪我してない?」
駆け寄って来た白雪が、先程岩に打ち付けた腰にそっと触れる。
「してねーよ」
正直なところ、腰はまともに歩けそうにないほど痛かったが、赤ずきんはそっぽを向き、平気なふりをした。
白雪は心配そうに赤ずきんの赤く染まった頬を見つめてから、少し微笑んで言った。
「僕のこと、信じてくれてたんだね」
「…は?」
訳が分からず、赤ずきんが振り向くと、白雪はさっきよりも接近して来ていた。
赤ずきんの頬が、恐怖でより赤くなる。
「僕がトロルの相手をしている間、笑って見ててくれたでしょ?」
そう言って白雪は、困惑する赤ずきんの両の手を取った。
「……僕ね、王家の一人息子だからか、何をする時も周りの人達に不安そうな顔をされ続けてきたんだ…」
白雪の冷たい手が、火照った赤ずきんの手を、さらに温めてゆく。
「きっと僕のことを大事に思ってくれてて、心配してくれてたんだと思うけど、…僕はそれが嫌だった。なんだか認めてもらえてないみたいで」
握った薄汚い少年の手を見つめていた可憐な王子は、視線を汗ばむ手から泳ぎ回る眼へと移した。
「ほとんどの人が、幼くて弱い僕を壊さないようにビクビクしてるけど、りんごほっぺくんは僕を対等か、それ以上に見てくれる。僕が強いと思ってくれてる。だからお願い…」
白雪は、また潤みだした大きな瞳で言った。
「僕の本当の友達でいて…。僕の前からいなくならないで…。毎日じゃなくていいから、遊びに来てよ…」
「分かった…!分かったから泣くな…!たまに会いに来りゃいいんだろ!?」
これ以上白雪に泣かれると困る赤ずきんは、慌てて承諾した。
赤ずきんの言葉を聞いた白雪は、顔を輝かせ、激しく頷く。
「うん…!絶対、絶対だよ…!」
孤独な王子は、大事な友達を力いっぱい抱き締めた。
「りんごほっぺくん、だぁい好き…!」
白雪の柔らかな恐怖と、腰に走る激痛で、赤ずきんは気を失った。
***
赤ずきんが目を開けると、花のような形のランプの吊るされた、木目調の天井が見えた。
横に視線を向けると、自分が寝ているベッドに頬杖をついた白雪が、頬を膨らませて言った。
「もう…、りんごほっぺくん、やっぱり怪我してたじゃん…!なんで嘘吐いたの…!?」
再び頬が熱くなるのを感じた赤ずきんは、ムッとする白雪から目を逸らし、舌打ちをした。
小さな白い部屋の中を、花のランプが暖かく照らす。
ここは白雪の家の寝室だろうか。
サイズからして、この純白のベッドは老婆達のモノではなく、白雪の……。
あるものが目に入り、赤ずきんは恐怖で凍り付いた。
ここは白雪の部屋だった。
小さな窓に掛けられた、林檎の蜜のような色をしたカーテンが、風に揺れる。
赤ずきんの視線の先には、タンスの上に飾られた、一枚の写真があった。
髭を蓄えた威厳のある男性と、どこか儚げで美しい女性。
その女性の腕に抱かれた、ゾッとするほど美しい赤子…。
この国の王家に全く興味の無い赤ずきんでも、それが王と妃と王子だと分かった。
今自分の真横にいる美少年が、この国の王子であることを再確認した赤ずきんは、視線を写真に向けたまま、白雪に訊ねた。
「オマエはなんでここにいるんだ」
「え…?」
突然の質問に白雪は驚き、目を
戸惑う白雪に、赤ずきんは面倒臭そうに質問を続ける。
「修行以外にあるだろ…、城を出た理由が」
「…どうしてそう思ったの?」
白雪が質問を返すと、赤ずきんは写真からも目を逸らし、黙り込んだ。
白雪も黙って視線を自分の手元に落とし、何か少し考え、口を開こうとした……その瞬間、アリスとツルギが部屋に入って来た。
ツルギは目を覚ました赤ずきんを見ると、嬉しそうにベッドに駆け寄った。
「さっさと帰るぞ。此処にはもう用は無い」
どこか苛立っているアリスは冷たく言い放ち、驚く赤ずきんに服を投げ付けた。
「早く服を着ろ」
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