再会と報復
涙で頬を濡らしたまま、今自分が置かれている状況が分かっているのかいないのか、白雪はぼんやりとした目で、目の前に現れた醜いトロルを見上げた。
左眼の潰れた長髪のトロル……間違いなく、赤ずきんが祖母の家に行く際に出遭ったトロルだ。
トロルの出現により、赤ずきんは逆に冷静さを取り戻しつつあった。
しかし、ツルギは白雪の家に置いて来てしまったし、混乱したまま自宅を飛び出したため、ズボンのポケットには何も入っていなかった。
今の赤ずきんに、トロルに対抗する手段は無い。
「あの腰抜けオオカミはどうした?そこの女と交換でもしたのか?」
生臭い吐息と共に、トロルは赤ずきんに問いかける。
「コイツは男だ」
赤ずきんは、冷めた眼差しで応えた。
「なんだ…、良い趣味してんじゃねぇか。…なあ?」
そう言ってトロルは、突然太い指で赤ずきんを弾き飛ばした。
吹っ飛んだ赤ずきんは、側にあった大きな岩に背中を強く打ち付けた。
「りんごほっぺくん…!」
呻く赤ずきんに駆け寄ろうとする白雪の行く手を、別方向から伸びて来た大きな汚い手が阻む。
「おっと!嬢ちゃんはここで見てな!コイツにはいろいろと借りがあるんだからよ」
白雪が振り返ると毛の無いもう一体のトロルが、ニヤニヤと立っていた。
「なぁ兄ちゃん。ただ殺すのもつまんねぇよ。どうせなら、この嬢ちゃん、コイツの目の前で甚振ってからにしようぜ」
白雪を両手で追い詰めながら、毛の無いトロルは
「そいつは妙案だな」と長髪トロルは頷き、哀れむような顔で白雪と赤ずきんを交互に見た。
「可哀想になぁ…。コイツに関わったがために、死ぬことになるなんて…!」
「…やってみろよ」
岩に寄りかかったまま動けずにいる赤ずきんが、凶悪な笑みを浮かべて言い放つ。
トロル達は、赤ずきんが普通の人間の子供ではないことを思い出し、少し不安になった。
赤ずきんにとって、恐怖や苦痛は、快楽でしかなかった。
「相変わらず気色の悪いガキだ…」
長髪トロルは舌打ちをして、白雪に向かって腕を伸ばした。
白雪はムッとした表情で、身構えもせずトロルを睨んだ。
白雪が悲鳴をあげるものだと思っていたトロル達は、自分に危機が迫っても尚落ち着いている白雪を見て驚いた。
「どうした、嬢ちゃん。今から死ぬんだぞ?わかってんのか…?」
不安になった毛の無いトロルは、白雪の恐怖心を煽ろうとした。
しかし、白雪は微動だにせず、怒りに満ちた青い眼で、ただ黙って睨み返してくるだけだった。
戸惑いつつも、太い指で白雪を捻り潰そうとした瞬間、白雪は目にも留まらぬ速さで、ドレスの下に隠れていた剣を抜いた。
理解が追い付く間も無く、白雪に触れようとした長髪トロルの親指と人差し指が地面で跳ねた。
綺麗な切り口から、本来の行き場を失った血が噴き出す。
細くて鋭い剣を振るい、白雪はトロルの眼を見据えた。
ようやく何が起きたのか理解したトロルは、けたたましい悲鳴を上げ、残された三本の指でなんとか拳を作り、白雪に向かって撃ち込んだ。
しかし、あるのは斬り落とされた自分の指が潰れる感触だけで、白雪の命が絶たれた感覚は無かった。
次の瞬間、右半身が軽くなり、長髪トロルは左に倒れかけた。
ドウという音と共に、長い右腕が地面に落ちる。
赤ずきんの横にふわりと着地した白雪は、汚れ一つ付いていない美しい剣を、トロル達に向かって再び構えた。
赤ずきんは白雪の速くて残酷な剣技に鳥肌を立て、口の端を裂けそうになるほど吊り上げて笑った。
こんなに恐ろしい人間がこの世にいるとは、思いもしなかった。
可憐な見た目でありながら、返り血を一滴も浴びず、素早く冷静にトロルの身体を斬り落とす白雪は、間違いなく赤ずきんにとっての【最恐】となった。
勢いよく流れ出る血で、真っ赤に染まった地面に膝を突き、さっきまで右腕が生えていたはずの場所を、残された左手で触れる。
「腕…、俺の…、俺の腕…、うああああッ!!!」
トロルは血走った右眼で、地に落ちた自分の右腕を見つめ、絶叫した。
長髪トロルの叫び声で、呆気にとられていた毛の無いトロルは我に返った。
「こっ…、こんのぉっ…!」
慌てて足元に転がる倒れた太い木を掴み、二人の
木は二人に触れる遥か手前で、縦に真っ二つに割れ、トロルの目の前は生温かい赤色に染まった。
左耳と左腕が宙を舞い、力無く地に落ちる。
髪の無いトロルは、左半身に流れる血の温度を感じながら、地面に転がった自分の左腕の上に立つ美少年を見た。
「もうっ!りんごほっぺくんに当たったらどうするのっ!?」
白雪が腰に手を当て、頬を膨らませてそう言うと、トロルは白目を剥いて、ぐらりと後ろに倒れた。
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