不器用と孤独
「ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!!」
今まで呆然としていた赤ずきんが、老婆の台詞を聞いた途端絶叫した。
その場にいた全員が赤ずきんに注目し、腹が満たされてうとうとしていたツルギは飛び起きた。
「その通りだ」とアリスも赤ずきんに同調する。
「相手が男だと分かった時点で、その可能性は無くなったはずだ」
「そうとも言い切れないわ」
花飾りの老婆はアリスの意見に首を振り、赤ずきんに向かってにっこりと微笑んだ。
「恥ずかしがることなんてないのよ。恋をするのに、性別も種族も関係ないんだもの」
他の老婆達は、混乱したような表情で赤面する赤ずきんを見て、何かひそひそ囁き合い、クスクスと笑った。
白雪は戸惑いながら老婆達を見回し、恐る恐る赤ずきんの顔を見た。
赤ずきんは自分を笑う老婆達に対する怒りと、白雪に抱く前例の無い未知の恐怖心でめちゃくちゃになっていた。
まともに学校にも行かず、恐怖だけを求めて遊び歩いていた問題児が、恋をしたことなど、あるはずがなかった。
赤ずきんは「違う」と否定したが、老婆達は「王子との禁断の恋だわ…!」「少年達の悲恋だわ…!」などと、勝手に盛り上がっていて聞く耳を持たない。
赤ずきんが白雪に恋心を抱いていないということを証明するには、平静を保った状態で白雪と目を合わせなければならなかったが、それはできるはずもなかった。
白雪が少しでも視界に入っただけで、身体が硬直し、頬が火照るのが分かる。
「くだらねぇ、勝手に言ってろ!」
我慢できなくなった赤ずきんは舌打ちをして、窓から外へ出て行ってしまった。
心配した白雪が、赤ずきんの後を追って部屋を出る。
ツルギも後を追おうとしたが、何かを察知してその場に留まった。
アリスはソファーに座ったまま、事態を余計に混乱させた老婆を睨みつけていた。
白雪や老婆達が育てているであろう花畑を蹴散らしながら、赤ずきんは森に向かって歩いた。
白雪が何度呼び止めようと、振り返りもせず、早足でイライラと進む。
やがて二人は森へ入った。
憎たらしいほど青く明るい空を、黒々とした木々が覆い隠す。
赤ずきんの乱暴な足音と、先刻の老婆達の態度を謝る白雪の声が、薄暗い森の中に響く。
白雪はあの場所から出られないと思い込んでいた赤ずきんは、白雪が森の中まで追って来たことに少し驚いた。
追い付いた白雪が手を掴んできたので、赤ずきんはその手を急いで振り解き、怒鳴った。
「付いて来んな!」
「だってこのまま帰っちゃったら、りんごほっぺくん二度と遊びに来てくれなくなっちゃうと思ったんだもん…!」
白雪も負けじと叫ぶ。
「ああ、二度と来るか!」と、さらに赤ずきんは怒鳴り返す。
「オマエのせいで、もうワケ分かんねーよ!さっさと消えろ!」
白雪は目を見開き、固まった。
森に静けさが戻り、胸の奥と木々のざわめきが重なる。
「嫌だよ…」
白雪の絞り出すような、弱々しい声が響く。
「せっかく友達ができたと思ったのに…」
白く細い腕で、震える自分の身体を抱き締める。
「僕の友達でいてよ…」
目に涙を浮かべ、必死に訴える白雪を見て、赤ずきんはギョッとした。
今まで赤ずきんが誰かを泣かせたことは、数え切れないほどあったが、こんな血が凍るような罪悪感に苛まれたことなど一度もなかった。
もうほとんど泣いてしまっている白雪を前に、赤ずきんはどうしようもなく
凶悪な問題児に、悲しむ人の慰め方など分かるはずもなかった。
「なっ…、泣くな、バカ!」
赤ずきんが何か言う度に、大粒の涙が綺麗な瞳から零れ落ちる。
「泣くなっつってんだろーが!」
赤ずきんは白雪の肩を掴んで、乱暴に揺さぶった。
しかし白雪の泣き声は、激しくなる一方だった。
ふと大泣きする可憐な王子を抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、そんなことをしたら、また老婆達に何を言われるか分からない。
赤ずきんは、白雪の背中に回しかけた両手を引っ込め、今自分がしようとした行動に対し腹を立てた。
困った赤ずきんは、もう自分がどうしてこの王子を泣き止ませたいのかも分からなくなるほど、混乱していた。
静かな森の中で泣きじゃくる王子の悲痛な声に紛れて、遠くの方から何かを引きずるような鈍い音が、こちらへ向かって来ていることに、白雪を泣き止ませるのに必死な赤ずきんは、気付くことが出来なかった。
突然近くの数本の木が根元から折れ、二人の真横に次々と倒れた。
驚いた二人が木の生えていた方向に目を遣ると、片目の無い大きな醜いトロルが、いやらしく笑いながら二人を見ていた。
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