女形の王子

「鏡よ、鏡…」

 薄暗い部屋の中、美しい女王が壁に掛けられた大きな鏡に向かって、恐る恐る話しかける。

「この世で一番美しいのは誰…?」

 質問された鏡は、言いにくそうに答えた。

「それは…、貴女の御子息、白雪様です…」

 鏡に映し出された美し過ぎる息子を見て、女王はため息を吐いた。

「どうしてこんな事になってしまったの…」




 ***




 家具の小さな広い部屋に、甘くて香ばしい香りが漂う。

 可愛らしい花瓶の花が添えられた長テーブルの真ん中あたりに、大きな焼きたてのアップルパイが二つ置かれ、室内の張り詰めた空気を和らげようと頑張っている。

 テーブルの周りの小さな椅子に座った七人の小さな老婆達は、テーブルの端にある、来客用のソファに座った二人の少年と一匹のオオカミを睨みつけていた。


 先程まで気絶していた赤ずきんは、この状況が全く理解出来ず、目を見開いて呆然とし、アリスは脳内で情報を整理しながら、老婆達を警戒している。

 ツルギだけは、《今日はどんな食い物が貰えるんだろう》とワクワクしていた。


「冷めないうちにどうぞ」

 魔女少年が切り分けたアップルパイを皿に乗せ、赤ずきんとアリスの前に置く。

 ツルギはアップルパイの代わりに、ケーキのような形に切り分けられた生肉の塊をもらった。

 魔女少年が近付くと、赤ずきんはぎょっとし、頬を赤らめ目を背けた。

 この美少女が少年であると発覚した時分から、赤ずきんの中の恐怖は増大していた。


「お前達は何者だ?」

 前に置かれたアップルパイに目もくれず、アリスは魔女少年に訊ねた。

「僕は…」

「まずはお前達から名乗りな。素性も分からん侵入者に教える義理は無いね」

 魔女少年の答えを、すきっ歯の老婆が押しのけた。

 アリスは自分達がグリム地方に住むただの子供であることと、ここに辿り着いた赤ずきんがおかしくなって帰って来たので、原因を突き止めるため再びやって来たことを話し、魔女少年は、その赤ずきんが倒れているのを微睡草まどろみそうの花畑で見つけ、看病したことを正直に打ち明けた。

 老婆達は少年達の話を聞き終えると、口々に魔女少年の迂闊な行動を責めた。

「…で、アンタは何で此処に来たんだい?」

 高い位置で髪を二つに結んだ老婆が、アップルパイを口に運びつつ赤ずきんに訊ねる。

 フォークの先を向けられた赤ずきんは顔をしかめ、魔女少年が視界に入らぬよう、床に敷かれたピンク色の絨毯に視線を逃がしながら言った。

「どうだっていいだろ。さっさとオマエらのこと教えろよ」

 老婆達は一斉に赤ずきんを睨みつけた。


 魔女少年は赤ずきんを敵視する老婆達を「彼は照れ屋だから仕方がない」となだめ、自分について語り出した。

「僕は白雪。立派な王様になるために、ここで修行してるんだ」

 白雪曰く、今よりもっと幼い頃に国王だった父を亡くし、現在は病弱な母が女王となり、なんとか国を支えているという。

「僕はまだ未熟だから王様にはなれない。母様が倒れる前に、修行を積んで、王に相応しい男にならないと…」

「その格好も、修行の一環なのか?」

 アリスが白雪に、冷たい視線と疑問を投げつける。

 どう見ても美少女にしか見えない白雪は、【王に相応しい男】には程遠かった。

「これは…」と白雪は少し顔を赤らめ、老婆達をチラリと見た。

「お婆ちゃん達が喜んでくれるから…」

 小さな老婆達は、申し訳なさそうにもぞもぞ動いた。

 なんでも、元々絶世の美少年だった白雪に、老婆達がふざけて女の子の格好をさせたら、想像以上に似合ってしまい、日に日にエスカレートしていったという。

 自分の姿を見た老婆達が喜ぶのが嬉しくて、そういった趣味は一切無かった白雪も、乗り気になってしまったらしい。


 アリスは白雪に呆れつつ、赤ずきんの様子を見た。

 相変わらず目を見開き、虚空を眺め、紅潮した顔で、呼吸も荒い。

 ここへ来た時よりも、症状が悪化しているようだった。

 アリスは白雪に向き直り、眉をひそめた。

「お前が魔女でないのなら、コイツのこの状態を、どう説明付ける…?」

 白雪は困った顔で、首を傾げた。

「照れ屋なだけだと思ってたけど、いつもはこうじゃないってことだよね…?なんだろう…、微睡草まどろみそうの症状じゃないと思うけど…」

 心配そうに覗き込む白雪から、必死で目を逸らそうとする赤ずきんを見て、頭に花飾りを付けた老婆はクスクス笑って言った。

「もしかして、王子に恋をしているんじゃないかしら?」

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