魔女の正体

 その晩、赤ずきんはアリスの部屋のクローゼットの中で過ごし、太陽の全身が空に出たところで、アリスと共に魔女の元へと出かけることにした。

 赤ずきんがアリスの部屋の窓から外に出ると、ツルギが垣根の下から這い出て来た。

 ツルギはアリス家の庭に隠れて、一晩過ごしたようだ。

 アリスは家族に「図書館に行って来る」と伝え、玄関から外に出た。

 都合の良いことに、今日は休みだ。

 時間はたっぷりある。


 案の定、森に見張り番の姿は無かった。

 森に近付くほど、赤ずきんは落ち着きを失くしていった。

 念のため辺りを見回してから、二人と一匹は森へ入った。


 森の中は相変わらず暗く、木々は無様な赤ずきんをせせら笑うかのように、サラサラと風で葉を擦らせた。

 赤ずきんは謎の行列を見つけた後の記憶を辿って、アリスを黄金の木々の前まで連れて行った。

「ここか…」

 赤ずきんは木々の先を見つめるアリスの横で、口から出そうな心臓を飲み込みながら頷いた。


 二人と一匹は木々の間を慎重に抜け、赤ずきんが倒れた黄色い花畑に出た。

 初めてこの場所に来た時の赤ずきんと同様、森の暗さに慣れていたアリスは、花畑の眩しさに目がくらんだ。

 不意に後ろにいたツルギが嬉しそうに一声吠えて、前方へと駆けて行った。

 なんとかこの眩しさに慣れた二人が、ツルギが駆けて行った方へに視線を向けると、長い黒髪の美しい少女が立っていた。

 その少女を見た途端、赤ずきんは目を見開き、紅潮して硬直した。

 それを見たアリスは、そこに立っている少女こそが件の魔女であると悟った。


 ツルギは千切れそうなほど尾を振り、魔女に撫で回されている。

 臆病なオオカミが幸せそうに魔女に擦り寄るところを見るに、赤ずきんが言っていた通り、ツルギも術か何かを施されているように見えた。

 やがて花畑の側に立つ二人に気が付いた魔女は、顔を輝かせた。

「りんごほっぺくん…!」

 身構える間も無く、魔女は赤ずきんに駆け寄り、ふわりと抱きついた。

 軽くて柔らかい衝撃の後、優しい匂いが赤ずきんを包む。

「来てくれると思ったぁ…」

 赤ずきんは魔女のすべすべした白い肌を頬に感じながら、「ひっ…」と息を呑んだ。

 赤ずきんの身体がぐにゃぐにゃになったところで、魔女は赤ずきんを抱きしめたまま、アリスに視線を移した。

「君は、りんごほっぺくんのお友達…?」

 アリスは魔女の問いを無視し、冷たい目で逆に質問を浴びせた。

「お前は魔女なのか?」

「えっ…?」

 アリスの質問に魔女は驚き、大きな目を見開いた。

 しばらくアリスと見つめ合ったまま沈黙し、自分の服装を見た魔女は、ようやく状況を理解した。

「あー、そっか…!違う、違うよ!僕は魔法なんか使えないし、そもそも…、男だから…!」

「は…?」

 今度は赤ずきんとアリスが、目を見開いて固まった。

「こんな格好だけど、本当に男なんだってば…!ほら、胸も無いでしょ…?」

 そう言って自称男の魔女は、赤ずきんの手を自分の胸に押し当てた。

 たちまち頭巾と同じくらい顔を赤く染め、赤ずきんは卒倒した。

 確かに胸は真っ平らだった。

「胸では判断出来ん、生殖器を見せろ」

 冷静なアリスは、倒れた赤ずきんを心配している魔女に詰め寄り、豪快にスカートを捲り上げた。

「ふぇっ…!?」

 驚く魔女を意に介さず、可愛らしい下着に指を掛け、素早く下に下げる。

 アリスはその冷たい目で【女には付いていないもの】の存在を確認すると、冷静な口調で呟いた。

「…確かに男だな」


 その瞬間、アリスの足元に数本の矢が飛んで来て、地面に突き刺さった。

「その子から離れな!」

 アリスが矢の飛んで来た方を見ると、しわがれた甲高い怒鳴り声と共に、森から小さな七人の老婆が出て来た。

「畑が荒らされておると思ったら…、お前達が犯人だったのか…!」

 老婆達は弓や槍を構え、シワだらけの顔にさらにシワを寄せて睨みながら、アリスを魔女少年から遠ざけた。

「何処から入った…?なぜ此処が分かった…!」

 震える老婆の表情からは、怒りと焦りが見てとれた。

 武装した小さな老婆達に囲まれたアリスは冷静さを保ったまま、冷たい碧眼で老婆達を睨み返した。

 赤ずきんとツルギも、いつのまにか老婆に囲まれている。


「ちょ、ちょっと待ってお婆ちゃん達!」

 睨み合う老婆とアリスの間に、魔女少年が慌てて割り込んで来た。

「この子達は悪い人じゃないよ!」

「何を言う…!今まさに襲われておっただろうに!」

 長い白髪を頭のてっぺんで一つに結んだ老婆が、声を荒げる。

「ごっ…、誤解だってば…!」

 つい先程アリスにされた【とんでもない行為】を思い出して、魔女少年は少し顔を赤らめた。

「とにかく…!この子達は僕の友達なの…!」

 魔女少年による必死な弁護に、老婆達は首を傾げ、顔を見合わせ、納得いかない表情のまま、渋々武器を下げた。

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