見張り番の行方
外から聞こえる足元は、こちらへ近付いて来る。
「…大変!もう帰って来ちゃった!」
窓の外を見た魔女は、慌ててツルギを揺り起こし、赤ずきんの手を取って立たせた。
「大丈夫…?動けそう?」
「な…、なんなんだよ?」
心配そうに顔を覗き込む魔女に訊ねられ、赤ずきんはなんとか声を絞り出した。
「本当は、この家に誰もあげちゃダメって言われてるんだ…。見つかったら怒られちゃう…!」
悪戯っぽく笑う魔女は、赤ずきんの手を引いて台所へ連れて行き、棚の下の方にある小さな扉を開けた。
「バレないように、ここを通って裏から帰って」
魔女に言われ、ツルギは疑いも無く小さな扉を
赤ずきんが外に出ると、魔女は寂しそうな笑顔を見せて言った。
「本当は送って行ってあげたいんだけど、僕はここから離れられないから…」
足音はどんどん近付いて来る。
「また、会いに来てくれる…?」
小さな家の中から小さな扉の外を覗き込む、すがるような紺色の瞳にそっぽを向いて、赤ずきんはひっくり返りそうな声で応えた。
「きっ…、気が向いたら、な…!」
逃げるようによたよたと去って行く赤い頭巾の少年と大人しいオオカミを見送りながら、美しい魔女は微笑み、そっと扉を閉じた。
***
その日の放課後。
アリスは真っ直ぐ家に帰ることなく、森へ向かった。
父親を含む見張り番達は、今朝姿を消したままだった。
パン屋の店主が無事だったことを考えると、父親も時間になれば戻って来るだろう。
アリスは父親の心配など一切していなかったが、見張り番が消える謎を解き明かすには、消える間際まで一緒にいた父親と話す必要があった。
自分以外は誰もいない森への入り口で、アリスは森の中を覗き込んだ。
今日は赤ずきんの姿を見ていない。
おそらくまた一人で森に入ったのだろう。
普段アリスは、不法侵入を伴う探索や情報収集のほとんどを赤ずきんに任せているので、自分一人で危険な場所に出向くことはなかった。
アリスが探索する際は、いつも自分より五感の鋭い赤ずきんを連れていた。
現実世界に不思議の国の住人が紛れ込んでいるのなら、何か問題を起こされる前に発見しておきたかったが、赤ずきんがいない以上、森の中へ入ることはできない。
アリスは、今日のところは諦めて家に帰ることにした。
狭い部屋の中でも、やることは山程ある。
午後五時を過ぎた頃。
予想通り、父親が帰って来た。
父親はアリスの部屋の扉を開け、机に向かう息子の存在を確認すると、安堵した表情を見せた。
「アリス…、心配したんだぞ。森に付いて来たっきり、突然姿を消すものだから…」
アリスは父親のこの言葉に驚いた。
森から消えた父親には、アリスが消えたように見えていたのだ。
父曰く、今日は見張り番以外の人物が、森に近付くことはなかったという。
やはり、学校帰りに森に立ち寄ったアリスのことは、消えた父親からは見えていなかったようだ。
これはつまり、見張り番は本人達が気付かぬうちに、よく似た別の世界に飛ばされていることになる。
しかし、なぜ見張り番達だけ…?
もしかして自分達も、気付かぬうちに別世界に飛ばされているのか…?
アリスが難しい顔をしていると、父親は無口で真面目な息子に微笑みかけた。
「何の研究をしているかは知らないが、あまり危険なことはするな。困った時は、いつでも父さんや母さんを頼りなさい」
これは大人に相談してどうにかなる問題ではなかったが、アリスは父親に余計な心配をされぬよう、無言で頷いた。
確かな理由は無かったが、全ての謎にあの黒い男が関わっているような気がした。
あの男は、今も森の中にいるのだろうか。
あの男の目的は、何なのだろうか。
父親が去った狭く薄暗い部屋の中で、アリスは独り、物思いに耽った。
ふと窓の外を見ると、森の手前で小さな赤色が、ふらふらと動いているのが見えた。
アリスの部屋は三階にあるため、付近の景色がよく見える。
小さな赤色は、何かに引っ張られながら南の方へと進んでいるようだった。
……ツルギと赤ずきんだ。
森で何かあったのか…?
門限の五時を過ぎてしまっている今、周囲の人々にとって幼く、真面目で優秀なアリスが家の外に出ることなど、よっぽどの理由が無い限りできはしない。
アリスは仕方なく、机に向かって座り直した。
何かを発見したのなら、明日学校で報告しに来るだろう。
……しかし赤ずきんは、アリスの予想を遥かに上回る、厄介な状態になっていたのだった…。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます