毒か、魔法か
「今温め直すから、ちょっと待っててね」
エプロンを身に付けた魔女が、真っ赤な鍋を火にかける。
黄緑色のクロスのかかった、長いテーブルに向かって座らされた赤ずきんは、落ち着きなく室内を見渡した。
カーテンや絨毯はパステルカラーで統一されており、棚の角などは全て丸く削られ、部屋全体に暖かく優しい雰囲気が漂っている。
赤ずきんが想像していた魔女らしき道具などは、どこを見ても見当たらなかった。
おかしなところを挙げるとすれば、家全体の作りと全ての家具が、まるで幼い子供向けに作られているようなサイズであることと、椅子や食器の数がやたらと多いことだけだった。
身体が一五〇センチに満たない赤ずきんでさえも、この部屋に入る際、身をかがめなければならなかった。
家具のサイズは小さいものの、部屋の中は広く、この魔女が独りで暮らしているとは思えなかった。
他に誰か住んでいるのか?
それとも、客をもてなす為の数とスペースなのか?
ああ、ここにアリスがいてくれれば…!
普段考察などはアリスに任せている赤ずきんだったが、今は特別心に余裕が無かった。
魔女が優しく鍋をかき回す。
母親の乱暴な料理姿しか見てこなかった赤ずきんは、その淑やかな後ろ姿を凝視しながら、少女が自分の家の
《おれは今、何を考えた…?》
そうこうしている間に少女がやって来て、赤ずきんの前に置かれたスープ皿に、鍋の中の液体をよそった。
見れば別段おかしなところのない、ベーコン入りのオニオンスープのようだったが、これは魔女が作ったものだ。
何が混ざっていてもおかしくはない。
「どうぞ、召し上がれ」
少女は戦々恐々とする赤ずきんに微笑んだ。
赤ずきんは恐怖に似たよくわからない感情に混乱しながら、妖しいスープを口に運んだ。
…………美味い。
母親の乱雑な料理と、アリスの作った怪しい薬品しか口にしてこなかった赤ずきんにとって、それはどんな食べ物よりも美味しかった。
赤ずきんはその味に、ますます恐怖を覚えた。
「ワンちゃんはこれね」
赤ずきんが座った椅子の横で、大人しく座っていたオオカミに、魔女が皿に乗った肉の塊を与える。
常に腹ペコなツルギは嬉しそうに尻尾を振り回し、すぐさま分厚い肉に食らいついた。
「よしよし」
肉をがっつくオオカミを、魔女は愛おしそうに撫でる。
赤ずきんは空になったスープ皿を見て、呆然とした。
…食べてしまった…。
……魔女が作った得体の知れない料理を。
アリスがこれを知ったら、胸ぐらを掴み、「お前は馬鹿か」といつも以上に冷めた目をして責めるだろう。
《おれは一体何をやっているんだ…?》
「おかわりいかが?」
魔女は二度焼きしたパンをテーブルの上に並べつつ、赤ずきんの顔を覗き込んだ。
赤ずきんはビクッとして目を泳がせ、「あ…、う…」などと声にならない返事をした。
《なんだ…?なんでさっきから上手く話せない…?》
甘く香ばしいパンの香りが、テーブルの上を包み込む。
魔女は微笑んで、赤ずきんの皿に再びスープをよそった。
気がつくと、パンに手を伸ばしていた。
外側がサクサクしたそのパンは、柔らかい内側に細かく切ったりんごが入っており、これもまた非常に美味だった。
今朝食べた口の中の水分を全て奪うようなパサパサのパンとは、大違いである。
魔女が作ったものであることも忘れて夢中で食べていると、正面に座った美しい魔女は頬杖をついて赤ずきんに訊ねた。
「りんご好き?」
赤ずきんは自分の愚かな行動と、目の前の魔女の恐ろしさに
頬を染める少年に、魔女は微笑んだ。
「僕もりんごだぁーい好き♡」
無邪気な少女の声に顔全体が熱くなり、目と頭の中で星が回った。
…これ以上ここにいるのはまずい。
今にこの魔女は本性を現すだろう。
足元のツルギに目を遣ると、空になった皿の前で、幸せそうにいびきをかいて眠っていた。
…やられた。睡眠薬でも入っていたか。
「わっ、空っぽになっちゃった!」
魔女は嬉しそうにスープの入っていた鍋を覗いて、赤ずきんに言った。
「ありがとう。ホント助かっちゃった」
赤ずきんは、自分が無意識のうちにおかわりを繰り返していたことに気付き、ゾッとした。
料理に一体何が入っていたのだろうか。
《もしかしたらこの魔女は、おれを太らせて、食べるつもりなんじゃないのか?》
そう思って身構えていると、外から複数の足音が聞こえてきた。
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