第3章 美しき森の王子

謎の行列

 赤ずきんと共に不思議の国を歩き回った次の日。

 アリスは明け方から起き出し、出かける父親に付いて行った。

 アリスの父は時計屋を営んでいたが、その日一日は店を閉め、森の見張り当番を務めることになっていた。

 いつも自分に無関心な口数の少ない息子が突然「付いて行く」と言うので、父親は少し驚いたが、なんの疑いもなくアリスを同行させた。


 少しずつ登る朝日を右半身に受けながら、親子は黙って森までの道を歩いた。

 父親の知らないアリスの目的は、昨日姿の見えなかった見張り当番の行方と真相を知ることだった。


 森の手前まで来ると、森の入り口で先に来ていたパン屋の店主が、にこやかに「おうい」と親子に手を振った。

「今日は暖かくなりそうですな」

 首にかけたタオルで額の汗を拭いつつ、膨よかなパン屋の店主はアリスの父親に笑いかけた。

 父親とパン屋の店主が世間話をするところを見るに、昨日見張り番がいなかったことは、公にはなっていないようだった。

 アリスが注意深く辺りを観察すると、既に見張り番が四、五人立っているのが見えた。

「まさか」と思って振り返ると、パン屋の店主は父親に挨拶して帰って行った。

 パン屋の店主は、昨日の午後の見張り当番だったのだ。

 アリスは急いで後を追いかけ、

「昨日、何か変わったことは無かったか」

 と訊ねると、パン屋の店主は目をパチクリさせ、不思議そうに首を傾げて、

「いいや?静かで平和な夜だったよ」

 と答えた。

「学校の宿題か何かかい?…偉いねぇ、頑張るんだよ」

 そう言ってパン屋の店主は、大きなふかふかとした手のひらでアリスの頭を撫でて去って行った。

 アリスは遠ざかって行く店主の背中を呆然と眺め、その場に立ち尽くした。


 姿を消していた本人達ですら、異変に気が付いていないというのか…?

 本人達が気付かないうちに、こことよく似た場所に飛ばされていたのか…?

 …もしくは、昨日自分達が行った森が別の場所だったのか…?


 アリスが推理しながら父親のいる森の方を振り返ると、父親を含む森の見張り番達全員が姿を消していた。

 森の入り口まで駆け戻り、辺りを見渡しても、やはりどこにも姿は見えなかった。


 別の場所に飛ばされているのは自分達ではなく、見張り番の方だと分かった。



 ***



 赤ずきんが目を覚ましたのは、朝の十時を回った頃だった。

 学校では、既に二時限目の授業が終わった頃だろう。

 いつもなら七時には叩き起こしに来る母親の姿が、家の中に見当たらなかった。

 今日は朝早くから、どこかへ出かけているようだ。


 赤ずきんは、寝ているツルギをベッドの下から引きずり出し、ハムの切れ端を投げ付けた。

 寝惚けたオオカミは、ハムを顔面に浴びながら目を瞬かせ、大きなあくびをしたのち、床に落ちたハムを一瞬で平らげた。

 ツルギが伸びをしている間に、赤ずきんは着替えを済ませ、パサパサのパンをかじりながら外を見回りに行った。

 家の付近に母親の姿が無いことを確認すると、部屋の窓からツルギを外に呼び寄せ、学校へ行くそぶりも見せずに、森を目指して歩き出した。


 森は今日も見張りが立っておらず、出入り自由な状態だった。

 赤ずきんはツルギを連れて、迷いなく森の中に足を踏み入れた。


 森の中は相変わらず湿っていて、木々のざわめきや小鳥のさえずりしか聞こえない。

 昨日アリスと見つけた穴を見に行ったが、二人と一匹が落下した大穴は無く、最後に見た窪みだけがそこにあった。

 窪みの中に入り、飛び跳ねてみたが、地面が割れて大穴が開くことはなかった。

 赤ずきんが舌打ちして、足元の窪みを睨みつけていると、どこからか話し声が聞こえた。

 辺りを見回すと、ツルギが警戒して見つめている先に、何かの行列が見えた。

 急いで遠ざかっていく謎の行列を追いかけようとしたが、すぐに見失ってしまった。

 アリスの言っていた、【紛れ込んだ不思議の国の住人】だろうか。

 赤ずきんはニヤニヤした。


 森の中は退屈しない。

 静かでありながら、そこら中で常に危険の気配がする。

 赤ずきんは森に入った最初の日のように、拾った棒で邪魔な蔓や葉を殴りつけながら、謎の行列を探し歩いた。

 ツルギが行列の匂いを鼻で追いながら、赤ずきんの前を行く。

 木の根が階段のようになっている急な坂道をしばらく歩いた後、黄金に輝く葉を付けた木々が立ち並ぶ場所で、ツルギは脚を止めた。

「ここか?」

 赤ずきんが訊ねると、ツルギは困った顔で首を傾げた。

 匂いはここで途切れている。

 赤ずきんが木の間から向こう側を覗こうと、地面に敷かれた黄金の葉を踏んだ瞬間、右手人差し指の指輪が熱くなり、ガタガタと激しく震え出した。


 指輪が妙な反応をしている。

 間違いない。この木の向こう側には何かある。

 そう確信した赤ずきんは、満面の凶悪な笑みを浮かべて、黄金の木々の間を通り抜けた。

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