ハリボテの森

 決まった城を持たずに移動を続ける♥︎ の王家の連中を見つけるには、女王の機嫌を損ねるような事をして、連行されるのが得策だった。


 アリスは元来た穴へ戻り、再び檻から出て牢番に通報、もしくは連行させようと考えたが、二人と一匹が吐き出された穴は、何の変哲もない池に変わっており、奇抜な色をした魚が何食わぬ顔で泳いでいた。

 池に入って底を調べても、穴は見つからなかった。

「おい、穴が消えてるぞ!どうなってやがんだ!」

 池から上がった赤ずきんは、水面を蹴飛ばした。

「この国ではよくある事だ」

 アリスは赤ずきんを諭し、別の道を行くことにした。


 白ウサギの言っていた通り、王を探して歩こうとすると、どの方角へ進もうと、出発地点に戻された。

 おそらく、王が何かに見つかる事を恐れているのだろう。

 そう考えたアリスは、仕方なく王を探すのをやめ、目的も無く適当に歩き始めた。

 すると、ようやく出発地点に戻される事なく進むことができた。


 地面に埋め込まれたタイルや瓦が少なくなるにつれて、丸い葉を付けた植物が増えてきた。

 やがて二人と一匹は、板を十字に組んだハリボテのような木々が立ち並ぶ、胡散臭い森に着いた。

 どこからか、ヘンテコな歌が聞こえてくる。


 こちらのカップケーキは

 朝の晩ごはん

 あちらのカップケーキは

 昼の晩ごはん


「わけわかんねぇ!」

 理解不能なその内容に、赤ずきんは思わずツッコミを入れた。

「理解しようとするな。存在を無視しろ」

 アリスは前を向いたままそう言って、森の中を進み続けた。


 パピロンタンピポロンタン

 パピロンタンピポロンタン


 ヘンテコな歌が、どんどん近づいて来る。


 今朝の晩ご飯はなんだろな

 今朝の晩ご飯はなんだろな

 やった!すごいぞ!

 今朝の晩ご飯は…上等な革靴っ!

 やったね!やったね!やったね!


「革靴は食いもんじゃねぇッ!」

 我慢できなくなった赤ずきんが、歌が聞こえて来る方を見ると、皿やティーカップなどが並べられた長いテーブルの上を、大きな野ウサギと帽子をかぶった男が、歌いながら転げ回っていた。

「おい、なんなんだアイツらは!」

 赤ずきんがおかしな二人を指差して叫んだ。

 野ウサギは背中で食器を押し潰し、ガシャガシャ音を立てながら足で拍手している。

「見るな。馬鹿が感染うつるぞ」

 茂みから身を乗り出して、おかしな二人を凝視する赤ずきんの腕を引っ張り、アリスは先を急ごうとする。

 その瞬間、テーブルの上で仰向けになっていた帽子の男が、首を回して赤ずきんに気が付き、素っ頓狂な声を上げた。

「ややあッ!おい、イースター!今日の主役が来たぞ!」

 イースターと呼ばれた野ウサギも、脚の間から赤ずきんを確認し、絶叫した。

「大変だ!早く祝わなくちゃ!」

 呆気にとられている間に、赤ずきんはおかしな二人に引っ張られ、長テーブルまで連れて行かれた。

 二人に関わりたくないアリスは、ツルギと共に茂みに隠れてやり過ごした。


 帽子の男が赤ずきんをクッション部分がやたら分厚く脚の短い奇妙な椅子に座らせ、野ウサギがティーポットの中から取り出したクラッカーを鳴らす。

「おめでとう!おめでとう!結婚おめでとう!」

「はあ?」と赤ずきんは眼をしばたかせ、自分の両隣で万歳を繰り返すおかしな二人の顔を見た。

「ささ、どんどん飲みたまえっ!」

 帽子の男が欠けた空のティーカップを赤ずきんに渡し、その中に野ウサギがティーポットでカラフルなゼリービーンズをザラザラと注ぐ。

「若き少年の、新たな旅立ちを祝して……乾杯っ!」

 おかしな二人は赤ずきんが持ったティーカップに、金平糖とキャンディがそれぞれ入った自分達のティーカップをぶつけて粉砕した。

「あーっはっは!産業革命!産業革命!あーっはっは!」

 おかしな二人はティーカップの破片や甘い粒菓子と共に芝生の上に転がり、狂ったように笑い転げる。


 イカれた二人の側で、常人が死体に湧いたウジ虫でも見たような表情で立ち尽くす赤ずきんに、身体に風船を括り付けたヤマネがプカプカと近づいて来て言った。

「コイツらに関わってると、日が暮れちゃうよ。キミ、見かけない顔だけど、どこから来たの?」

 赤ずきんが答える前に、ヤマネは再び話し出す。

「元々おかしな国だけど、最近はよりいっそうおかしな事が起きるなぁ…。王様も何かから逃げてるみたいだし…」

 目を細めて空を仰いだヤマネは、赤ずきんに向き直り、さっきまでのぼんやりとした口調ではなく、真剣なトーンで訊ねた。

「…ねぇ、アリスくんも来てるんでしょ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る