第2章 夢観る冷たい秀才

問題児と秀才

 銀色の長い毛皮に、鋭い爪。

 薄暗い森の中、大型のオオカミが前を行く。

 置いて行かれまいと必死で後を追うも、どんどん距離が離れてゆく。

 木の根に脚を取られ、動けなくなり、助けを求めようと顔を上げると、前方の大きなオオカミが背中から血を吹き出して倒れた。

 倒れるオオカミの虚ろな黄色い眼が、一瞬こちらを見たような気がした。

 木の根はどんどん身体に巻き付き、より一層身動きが取れなくなる。

《やばい!苦しい…!オレも殺される…!誰か助け…》


「おい」

 何者かに布団を剥がされ、ツルギは目を覚ました。

 ベッドの上で身体に絡まった布団と格闘していたため、部屋の中にチラチラと羽毛が舞っている。

 荒い呼吸のまま辺りを見回し、無様なオオカミは昨日自分がこの汚くて狭い部屋に連れて来られたことを思い出した。

 ツルギを起こした少年は、呆れ顔でソーセージを三本ほど投げつけた。

「大人しく寝ることもできねーのかよ」

 ツルギは投げつけられたソーセージをペロリと平らげ、少年を見つめた。

 少年は壁に掛けてあった赤いずきんを羽織り、首元を何かの牙の装飾で留めた。

 赤ずきんの首元の牙からは、夢で見た大きなオオカミと同じ匂いがした。

 ツルギが何か思い出せそうになったところで、赤ずきんはツルギを窓から外へ追い出し、自分も外に出た。


「しばらく自由にしてろ。呼んだらすぐ来い」

 そう言って赤ずきんは、野原にツルギを放置して学校へ向かった。

 突然の自由にツルギは戸惑ったが、まだだいぶ空きのある腹を満たすため、弱った小動物でもいないかと歩き出した。



 赤ずきんが教室を訪れたのは、午前中の授業が半分終わった頃だった。


 授業の合間の休み時間。

 いつものように窓から教室に入り、クラスメイトを見回す。

 みんなおしゃべりに夢中で、遅刻常習犯の赤ずきんには見向きもしない。

 しかしアリスだけは問題児の出現に気が付き、顔を上げた。

 二人は一瞬視線を合わせ、それぞれ別の出入口から廊下に出た。


 誰もいない廊下は静かで薄暗く、ひんやりとしている。

 二人は校舎の中央を貫く大きな木の柱を挟んで背中合わせになり、独り言を呟くような小声で話し始めた。

「昨日、森の見張り番の姿が無かった。何か知ってるか」

 赤ずきんの問いに「知らんな」とアリスが本を読みながら答える。

「見張りに何かあったら大人達が騒いでるはずだが…、そんな様子はなかったぞ」

 アリスは本を閉じ、赤ずきんに訊ねた。

「森に入ったのか」

 誰かの接近に気付いた赤ずきんは、ヘラヘラと笑って「あとで話す」と会話を打ち切り、窓からヒラリと校舎の外に出た。

 後方からナナメ先生がやって来て、アリスに声をかけた。

「アリスくん、また廊下で本読んでいるの?…さ、授業を再開しますよ。教室にお入りなさい」

 アリスは赤ずきんが消えていった廊下の先をチラと見てから、黙って教室に戻った。


 誰もが認める秀才と問題児がこうして裏で繋がっていることを、先生を含むクラスの全員は知る由もなかった。

 クラスメイトから見れば、赤ずきんとアリスは、何の関わりもない他人でしかなかったからだ。

 このことは立場の違うお互いを利用し合う二人にとって、好都合だった。



 放課後。

 二人は隠し部屋に集まった。

 赤ずきんは積まれた本の上に腰掛け、アリスに昨日起きた出来事を簡単に伝えた。

 見張り番の姿は森の中にもなかったこと、森の手前で見かけた怪しい男のこと、黒い森とトロルのこと…。

「トロルはほぼ文献通りだな。気になるのは、その怪しい男の正体だ。そいつが見張り番の消えた原因かもしれん…」

 考察の途中で、アリスはあることに気が付いた。

「おい、その指輪…昨日と色が変わってないか?」

 赤ずきんが自分の右手人差し指の付け根を見ると、確かに銀色だった指輪が深い赤色に変わっていた。

「多分ツルギの血が付いて取れなくなってんだろ」

「ツルギって何だ」

 赤ずきんの適当な予想に眉をひそめ、アリスはすかさず質問する。

 物知りなアリスの知らないことを知っている自分に酔いしれながら、赤ずきんは「後で見せる」と笑った。


 話し合いの結果、赤ずきんはアリスと共に、もう一度森を見に行くことになった。

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