オオカミの居場所
籠の中の悲惨な状況について、赤ずきんは祖母に「暖炉の側に置いてあったからだ」と嘘を吐いた。
祖母の家は森から離れているため、今もなお燃え続ける黒い森の存在に気付くのは、かなり後になるだろう。
祖母は仕方なく、溶けて籠にへばり付いてしまったチーズをスプーンですくって取り出し、空になった籠に注文通り二種類の食用草と、一人働く娘(赤ずきんの母)のために疲れを取る薬草をいくつか入れた。
籠を奪うように受け取った赤ずきんは挨拶もテキトーに、足早に祖母の家を出た。
祖母は先行く将来が不安過ぎる孫の背中を見送りながら、深く深く溜め息をついた。
赤ずきんは再びツルギを大剣にして振り回し、真っ直ぐ森を突っ切って帰った。
赤ずきんが通ったところは、生い茂っていた木々が消し飛ばされ、太い道となり、グリム地方とペロー地方を結ぶ最短ルートが出来上がった。
もちろん、森に入ることを
家に着いた赤ずきんは自室の窓からツルギを大剣の状態で投げ入れ、玄関に回ってあたかも普通に帰宅したかのように見せかけ、母親に籠を押し付けて自室に向かった。
母親は早過ぎる息子の帰宅に驚いたが、籠の中にはしっかりと注文通りの品が入っており、目を丸くするしかなかった。
自室ではオオカミの姿に戻ったツルギが、不安そうに部屋の匂いを嗅いでいた。
森で解放されるだろうと思っていたツルギは、凶悪な少年がこれから自分をどうするつもりなのか分からず、途方に暮れた。
《だけどこの部屋…どこか見覚えがある》
ツルギが首を傾げ、深い眠りについている記憶を呼び起こそうとしていると、赤ずきんが戻って来た。
自室に入り扉を閉めた途端、赤ずきんは顔をしかめた。
森の中では気にならなかったが、部屋に閉じ込めて初めて、ツルギから酷い獣臭がすることに気が付いた。
赤ずきんはツルギをベッドの下に隠し、部屋に充満する獣臭に耐えながら深夜になるのを待った。
辺りが真っ暗になったところでツルギを窓から外に引きずり出し、家の側にある井戸の近くまで引っ張って行った。
ずきんを脱ぎ、腕まくりした赤ずきんは不安そうに見上げるツルギに井戸で汲んだ水を頭からぶっかけ、持ってきた石鹸を乱暴にツルギの毛皮に擦り付ける。
驚いたツルギは逃げようとして暴れた。
「おい!バカ!じっとしてろ!!」
赤ずきんは小声で怒鳴って、ツルギの尻尾を掴み、押さえつけ、全身に石鹸が行き渡るまで擦り続けた。
やがて泡にまみれて羊のようになったオオカミは、寒さと恐ろしさにぶるぶる震えた。
そんな哀れな泡羊に、凶悪な少年は再び冷たい井戸水をかける。
泡の毛皮が流され、貧弱なオオカミが姿を現した。
ツルギが体を振るうと、振り飛ばされた水気が赤ずきんにかかった。
びしょ濡れになった赤ずきんは、申し訳無さそうに震えるツルギを、その辺に干してあったごわごわの薄汚いタオルでガシガシ拭いた。
ツルギは皮膚が千切れそうな勢いでタオルに揉みくちゃにされ、今日で自分は死ぬんじゃないかと思い、何もかも諦め、潤んだ瞳で天を仰いだ。
ある程度水気が取れたところで赤ずきんはタオルを放り投げ、ボサボサになったツルギの胸元に顔を埋めて匂いを嗅いだ。
ほのかな獣臭は残っていたが、石鹸の匂いがそれを上回っていた。
赤ずきんは湿ったツルギを連れて、音を立てないよう再び窓から部屋に戻り、濡れた服を脱ぎ捨て、布団に潜り込んだ。
部屋に閉じ込められたツルギも床で眠ろうとしたが、完全に乾ききっていない身体が寒くて眠れそうになかった。
それに、後ろ脚についた石鹸が洗い流されずに残り、毛が固まってガビガビになってしまっているのが気になる。
鼻をひゅんひゅん哀れっぽく鳴らして震えるオオカミがうるさくて赤ずきんも眠れず、この音で母親が起き出して来たら面倒なので、尻尾を掴んで布団の中に引きずり込んだ。
薄くて汚い布団と凶悪な少年に包まれたオオカミはしばらく震えて歯を鳴らしていたが、次第に静かになった。
ツルギは、この乱暴な温かさにも覚えがあった。
しかし……やはり、詳しいことは思い出せない。
赤ずきんの幼い寝息を聞きながら、自然から隔離されたオオカミはゆっくりと目を閉じた。
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