少年とオオカミ

《うわぁぁぁぁぁッ!?》

 振り回された大剣は絶叫したが、使用者には届かない。


 剣にしては斬れ味は良くないものの、威力は絶大だった。

 たった一振りで吹き飛ばされた二体のトロルは、燃え盛る木々に身体を打ち付け、熱さと痛さに悲鳴をあげ、のたうち回った。


 トロルの巨体がぶつかった木々は、メキメキと音を立て、次々と倒れていった。


 トロルの貯蔵庫は完全に崩壊した。


 赤ずきんはトロル達にトドメを刺そうと、大剣となったオオカミを振り回しながら、口笛を吹きつつゆっくりと近付いていく。


 ニンゲンの子供の姿をした悪魔の接近に気付いたトロル達は絶叫し、炎の海を掻き分け逃げていった。


 あまりに情けない戦いの終わりに、赤ずきんはガッカリしたが、ツルギの破壊力には満足していた。


 さっきまでトロル達のいた場所で大剣を振るい、進行を妨げる木々と炎を消し飛ばす。

《あっちぃ!!!》

 炎に触れた大剣が悲鳴をあげる。


 障害物の無くなった道の先に、ペロー地方の雄大な景色が広がっているのが見えた。


 赤ずきんは当初の目的と籠の存在を思い出し、燃え続ける黒い森の茂みから急いで籠を拾い上げた。


 籠の中を確認するため、大剣を地面に突き刺し、手を離した。

 するとたちまち大剣はほどけ、大剣を形作っていた肉と骨の糸がオオカミの形を編んでゆく。


 元の身体が再形成されたツルギは、目をしばたかせ、クンクンと焦げ臭い森の匂いを嗅いだ。


 籠は燃えずに無事だったものの、中のチーズの塊は、熱でドロドロに溶けていた。

 籠の中の悲惨な状態に、赤ずきんは「うげっ」と顔をしかめた。


 乾いた地面を引っ掻いて自分の身体の無事を確かめるツルギに籠を持たせ、燃え続ける黒い森に背を向け、一人と一匹は再び歩き出した。






 トロルとの戦いで、かなりの時間が経過したものの、アンデルセンの港町を経由して行くいつもの道よりも、早くペロー地方に着いた。


 嫌われ者のオオカミは、街に入ることを躊躇ためらったが、赤ずきんに褒美のソーセージ(溶けたチーズ付き)を一本与えられ、渋々同行した。


 祖母の家は広大な畑の真ん中に建っている。


 畑には色とりどりの薬草や食用草が行儀良く並び、優しい風に揺られていた。


 赤ずきんは家の扉を乱暴に殴りつけ、中にいる祖母を呼び出した。

「おいババア!さっさと出て来い!!」

 赤ずきんの罵声が止むと同時に、ギギィ…と今にも外れそうな音を立てて扉が開き、家の中からゆっくりと赤いずきんをかぶった老婆が現れた。


 祖母が出てくるや否や、赤ずきんは乱暴に籠を突き出して言った。

「これやるからベニモチソウとシロキジグサをよこせ」

 赤ずきんの悪いお手本のような態度に祖母は溜め息をつき、愛する孫の脳天に鉄拳を食らわせた。

「痛ってぇ!」

 頭を押さえて睨み返す赤ずきんに、祖母はシワだらけの顔にさらにシワを寄せて説教を垂れる。

「まったくアンタって子は…何度言ったらわかるんだい。人に対する礼儀がなってないってんだよ。会う度に悪い方向に成長してるじゃないか」

「おれはここに来たくて来てんじゃねーよ」

 言い返す赤ずきんの両頬をつねり、祖母は説教を続けようとしたが、赤ずきんの背後にオオカミが居心地悪そうに座っているのが目に入り、絶句した。


 祖母はすぐさま赤ずきんを家の中に引きずり込み、玄関に掛けてあった杖を手に持ち身構えた。


 赤ずきんはオオカミと対峙する祖母のわななく背中を押し退けてツルギの横に立ち、ツルギの頬の毛を引っ張りながら言った。

「コイツはおれの子分だ」

 驚いた祖母は見開かれた小さな瞳で赤ずきんを見つめた後、孫に飼い犬のような扱いを受けるオオカミを見た。


 ツルギは申し訳なさそうに耳を垂れ、杖を構えた老婆の動向をうかがっている。


 ツルギに対する警戒を解かずに、祖母は厳しい目を赤ずきんに向けた。

「アンタは父ちゃんがなんで死んだか覚えてないのかい…」

 震える祖母の声にそっぽを向いて心無い孫は答える。

「アイツが勝手に出て来て勝手に死んだだけだ。おれのせいじゃねぇ…」

 これ以上何を言っても無駄だと悟った祖母は、溜め息をついて赤ずきんが持って来た籠を手に持ち、家の奥に引っ込んだ。


 ツルギは自分の頬を仏頂面で引っ張り続ける赤ずきんを見上げ、過去に自分と この少年との間に何があったのか思い出そうとした。


 玄関先に取り残された一人と一匹は、春風にそよぐ草花の音を聞きながら、それぞれ過去に想いを馳せた。


 …籠の中の悲惨なチーズを目の当たりにした、祖母の悲鳴が聴こえるまでは。

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