お手製戦闘機

 自分の血を吸った蚊を叩くように、足の指を噛んできた蟻を潰すように、トロルは長い髪を振り乱しながら目の前の鬱陶しい小さな生物を殺しにかかる。


 空まで覆い尽くすようなトロルの身体の壁が迫る中、赤ずきんは引きも身構えもせず、真っ正面からその壁に突っ込んだ。


 大きくて汚い足の間をすり抜け、トロルの背後に出る。


 獲物を見失った巨体は、そのまま地面を殴りつけた。

 その衝撃で、動けなくなっていたオオカミが吹き飛び、咥えていた籠ごと茂みに落下する。


 赤ずきんはすぐさま向きを変え、ズボンのポケットから錆び付いた折りたたみ式のナイフを取り出し、刃を出して構えた。


「兄ちゃん後ろだ!」

 坊主頭のトロルがかがんで見失った赤ずきんを探す長髪トロルに向かって叫んだ。


 長髪トロルの視界に入る前に、赤ずきんは握ったナイフでトロルのかかとの上部分を素早く切り裂いた。


 ギャッと叫んでトロルが右膝を突く。


 赤ずきんは後ろに飛び退いて舌打ちした。

 思った以上に皮膚が分厚く、短いナイフではアキレス腱に届かなかったらしい。


 長髪トロルはすぐに立ち上がり、赤ずきんを踏み潰そうと大きな足で足元を引っ掻き回した。


 トロルが足を動かす度に地面がえぐれ、地形が変わる。


 なんとか攻撃を避け続けていた赤ずきんだったが、とうとう深くえぐれた部分に追い込まれてしまった。


 トロルは、満足そうに邪悪な笑みを浮かべ、逃げ場を失った赤ずきんを躊躇なく踏み潰した。


 茂みの中で震えながら様子を[[rb:窺 > うかが]]っていたツルギは、ヒッ…と息を呑んだ。

《アイツ…死んじまったのか…?》

 そんな事を思った瞬間、「オイ」と背後から声をかけられ、全身の毛が逆立った。

「籠は無事だろーな?」

 ツルギが恐る恐る振り返ると、たった今目の前で踏み潰されたはずの赤ずきんが不機嫌そうに立っていた。

 追い詰められた振りをして、トロルの目を欺いたようだ。


 ツルギは安堵した。

 しかし、なぜ自分がこんなにもこの凶悪な少年のことを心配しているのか、この少年が無事であることで安心するのかは分からなかった。


 茂みの向こうでトロルの声がする。

「へへっ、やったか兄ちゃん!?」

 兄は「いや…」と弟トロルに首を振る。

「死体が見当たらねぇ…。アイツ、どこ行きやがった…!?」

 ぐちゃぐちゃになった地面を蹴飛ばしながら、血走った右眼でギョロギョロとそこにいたはずの獲物を探す。


 二体のトロルの様子を見ながら、茂みの中で一人と一匹は、この後どうするかについて考えた。


 ツルギは赤ずきんがこのまま自分と茂みの中に留まり、トロルが去るまでここで大人しくしていてくれることを願ったが、やはりそうはいかなかった。


 赤ずきんは自分をイライラと探し回る二体のトロルを見てニヤリとし、ポケットから薄汚れた紙を数枚取り出した。

 ツルギが心配そうに覗き込む中、赤ずきんはその紙で何かを折っていく。

 落ちていた鋭い枝を先端部分に差込み、殺傷能力の高そうな紙飛行機が五機完成した。


 赤ずきんは折りたたんだ鋭利な紙飛行機をポケットに入れ、茂みからトロル達の真後ろにある木の陰へと静かに移動した。

 自分の居場所がまだバレていないことを確認すると、素早く木に登り、トロル達の首を狙って紙飛行機を一機ずつ飛ばした。

 尖った枝が重りとなり、速く正確に狙った部分に突き刺さる。

「なんだッ!?」

「痛ぇッ…!」

 見えない位置から攻撃されたトロル達は、突然の痛みに驚いて声を上げた。


 赤ずきんはそのまま木の上で身を隠し、ポケットの中のマッチ箱に手を伸ばした。


 トロル兄弟は凶器が飛んで来たと思われる方向を振り返り、そこにあった背の高い木の中を覗き込んだ。

 その瞬間、二体の眼を狙って、再び紙飛行機が飛んで来る。


 しかし今度は狙いが逸れて、頬の上辺りに浅い切り傷を付けただけだった。


 二体のトロルは幼い攻撃を鼻で笑い、小さな獲物が潜む一本の木を大きな二つの身体で包囲した。

 四つの巨大な手のひらが、赤ずきんの逃げ道を塞ぎながら迫ってくる。


 赤ずきんはトロルの手の届かない位置まで登り、最後の一機を手に取って構えた。


 しかし狙いを定める前に長髪トロルが木を揺らし、赤ずきんは大きくバランスを崩して落下した。


 赤ずきんが悪態を吐きながら乱暴に投げた紙飛行機が、長髪トロルの眉間をかすめる。


 長髪トロルは落ちてきた赤ずきんを右手で受け止め、逃げないようしっかりと握り締めた。

「残念だったな、ガキ」

 もがく赤ずきんの耳元で意地悪く囁くトロルの足元に、一匹の獣が黄色い眼をギラつかせながら、猛スピードで迫って来ていた。

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