トロルの森
所々がぬかるんだ黒い地面に、時折足を取られながら一人と一匹は黒い森の中を進む。
辺りにはまるで鉛筆の芯のような色をした歪な木々が立ち並び、その枝の先端は針のように鋭く尖っている。
ツルギは息を殺してなるべく音を立てないよう慎重に進んでいたが、前を行く命知らずな赤ずきんが何かが潜んでいそうな茂みを蹴り上げる度、心臓が飛び出しそうになった。
人間である赤ずきんには聞こえていなかったが、ツルギの耳には大きな何かの身体を引きずるような鈍い足音が聞こえていた。
ツルギはこのまま何にも出くわさず無事にこの森を通り抜けられるよう祈りながら、今にも恐怖で竦みそうな四本の脚を必死に動かした。
しばらく歩き続けていると、うっすらと血の匂いがしてきた。
立ち止まり、辺りを見回すと、前方にある尖った枝の先に鳥や動物が突き刺さっているのが見えた。
その中にはオオカミの姿もあった。
ツルギは吐き気を堪えながら、自分が遭遇を恐れている生物の貯蔵庫のような場所に出てしまったと悟り、赤ずきんの頭巾の裾を引っ張って、道を変えるよう促した。
しかし赤ずきんはツルギの主張を無視し、まるで宝の山でも見つけたかのような表情で無惨な動物達の姿を見上げ、そのまま進み続けようとした。
すると突然、真横の木々が大きく揺れ動き、見上げるほど大きな醜い魔物が姿を現した。
《いぎゃぁぁぁぁぁッ!!!トロルゥゥゥゥゥゥッ!!!》
ツルギは全身の毛を逆立て、声にならない悲鳴をあげた。
臆病オオカミの口から離れた籠が、地面にドサリと転がった。
中身をぶち撒けそうになった籠を赤ずきんがすかさず拾い上げ、削岩機のように激しく震えるツルギに再び咥えさせる。
「ちゃんと持ってろ腰抜けオオカミ!」
赤ずきんは恐怖のあまり涙を流すツルギの背中を強く叩いてから、目の前に出現した自分よりも何倍も大きな化け物二体を観察した。
大きさを除いて姿形は人間とほとんど変わらないが、筋肉質で腕が長く、耳は尖っている。
腰から上は色褪せたような緑色で、その下はインクの池にでも浸かったような黒色。
一体は髪が長く、もう一体は頭に何も生えていない。
「オマエら【トロル】だろ?禁書に書いてあったぞ、【身体がデカいだけのトロい魔物】ってな」
「ニンゲンのガキと薄汚えオオカミがここに何の用だ」
赤ずきんの中傷に煽られる事なく、髪の長いトロルは低くて太い声で訊ねた。
「用なんかねぇよ。ただ通り道として利用してやってるだけだ。分かったらさっさと退け。邪魔だ」
鬱陶しそうに手をシッシと振る小さな人間の子供の大きくて悪い態度に、坊主頭のトロルは困惑した。
「なぁ兄ちゃん、こいつほんとにニンゲンか?ニンゲンは、おれ達を見たらすぐに逃げ出すはずだろ?」
長髪トロルは考察する。
「確かにニンゲンにしちゃ妙だな。そもそも雑魚で腰抜け揃いのニンゲンが、こんな森の奥まで入って来られるわけがねぇ」
長髪トロルがニンゲンらしからぬ小さな生物に顔を近付け、喧嘩直前の不良の如く赤ずきんと睨み合う。
恐怖が限界に達したツルギは、自分だけでもすぐにこの場から逃げ出そうと考えたが、体が硬直して思うように動けず、その場で涙と小便を垂れ流した。
「まぁ…、ニンゲンかどうかなんて食ってみりゃ味で分かんだろ」
そう言ってトロルが伸ばしてきた手を、赤ずきんが持っていた太い枝で引っ叩く。
「退けっつってんだろ」
冷めた顔で凄む赤ずきんに、長髪トロルはニヤリとして、赤ずきんの武器を指でつまんでへし折った。
折れた枝の先を爪で弾いて飛ばし、さらに顔を近づけ、脅すように囁く。
「俺等に勝てると思ってんのか…?」
鼻が腐って落ちそうなほどの悪臭が、全身に降りかかる。
赤ずきんは返事の代わりとして、折れて尖った短い枝を自分を嘲笑うトロルの眼球に深々と突き刺した。
耳をつんざくような悲鳴をあげてのた打ち回るトロルを見て凶悪な子供はケラケラと笑い、先程転がってきた質問を拾い上げ、投げ返す。
「おれに勝てると思ってんのか…!?」
長髪のトロルは使い物にならなくなった左眼を押さえて唸り、赤ずきんに猛然と襲いかかってきた…!
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