赤いずきんの親子
隠し部屋を出た赤ずきんは、まだ授業の続いている教室に戻る素振りも見せず、自宅に直行した。
赤ずきんが授業を抜け出すことは日常茶飯事であり、むしろ教室内にいることの方が珍しかった。
とはいえ母親に見つかってしまうとなにかと面倒なので、玄関から入ることはせず、家の裏側にある自室の小さな窓から中へと滑り込んだ。
窓の下にある粗末なベッドの上にふわりと着地し、そのまま身を伏せ、耳を澄まし母親の居場所を音で探る。
……どうやらお勝手で作業中らしい。
しばらくこっちに来ることはないだろうと判断した問題児は素早く起き上がり、ベッド脇の引き出しを開けた。
鳥の羽やら、変わった形の木の枝やらがごちゃごちゃに入った引き出しの中から、薄汚れた紙の束と鉛筆を取り出し、ズボンのポケットに突っ込んだ。
続いてベッドの下から折りたたみ式のナイフと中身が数本しか残っていないマッチ箱を引きずり出し、同じくポケットに入れる。
いっしょに出て来た片方だけの靴下と古びた分厚い本は、再びベッドの下へと蹴り込んだ。
必要な道具を揃え、窓から外に出ると、いつのまにか外に出ていた母親と出くわした。
不良息子の姿を見た途端、薪を抱えた母親は眉をひそめ、低い声で凄む。
「こんな時間に…、忘れ物でも取りに来たってのかい?」
赤ずきんは「んじゃ、そういうことで」と念のため学校の方角に体を向けて走り去ろうとした。
「待ちな!」
……が、母親の筋肉質な腕に首根っこを掴まれ、子猫のように宙に浮く。
母親は、そのまま息子の白け顔を自分の方に向けた。
「どうせロクに授業も受けずにほっつき歩いてんだろう!サボってんなら家の手伝いをやっとくれ!」
赤ずきんが「うげっ」と顔をしかめ、反論しようとしたそばからいつもの面倒な指示が飛んで来る。
「これ持って婆ちゃんとこまで行って、ベニモチソウとシロキジグサをもらって来な」
そう言って母親は、葡萄酒やドライソーセージなどの入った籠を赤ずきんに押し付けた。
祖母は少し離れた別の地方に住んでおり、このグリム地方では育たない貴重な食用草を栽培していた。
そのため、時折こうしてあちらでは入手が難しいものを持って行き、物々交換を行なっている。
この物々交換にはなにかと忙しい母親に代わって、赤ずきんが駆り出されることがほとんどだった。
「森に近付くんじゃないよ!アンデルセンの港町を経由して行きな!」
「わかっとるわ!!」
籠を乱暴に担ぎ、忠告を背に受けながら歩き出そうとする赤ずきんに向かって母親はさらに釘を刺す。
「オオカミには気を付けな!ナメてっと父ちゃんみたいに喰われちまうよ!」
「おれはそんなヘマしねーよ!」
ぐんぐん遠ざかる反抗期真っ只中な息子の背中を見送りながら、眉間に寄せていたシワをふっ…と緩め、短いため息を吐く。
「あんたが生きてた頃は、もう少し素直で良い子だったんだけどねぇ……」
今は亡き夫に想いを馳せ、地面に置いていた薪を拾い上げ、母親はもう一度息子の小さな背中を見てから家の中へと戻った。
離れゆく親子のお揃いの赤いずきんを、春の風が優しく揺らした。
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