禁書の隠し部屋

 血のような色をしたボロボロの頭巾をひらめかせ、赤ずきんが降り立ったのは、図書館のどこか(あるいは別の次元)にある隠し部屋の中だった。


 壁一面がびっしりと本に囲まれた狭く、縦に長いその部屋が彼にとっては秘密基地のような存在であった。

 赤ずきんは意地悪そうな顔でにんまりとし、目当ての大きめな本を手に取った。

 本には文字が書かれていたが、こちらの世界には存在しない文字であるため、ここに表記することはできない。

 しかし彼には読めるようだ。


 床に寝そべり、頬杖をつきながらページをめくる。

 とあるページに目を止め、興味深そうに覗き込む。

「アキクボ ニエミエス……、『生命の武器化』か…。なかなか使えそうやん…?」

 赤ずきんは少し何か考えた後、ニタリと笑い、そこに書かれている呪文か何かを暗記するために何度も呟いた。


 暗記を終え、ページをめくろうとしたところで、上から本が1冊降ってきた。


 自分の真横に落ちた本に驚いた赤ずきんが上を見上げると、本に続いて眼鏡をかけた金髪碧眼の少年が飛び降りて来た。

「なんだアリスか。ビビらせんな、バーカ」

 赤ずきんが悪態を吐くと、アリスと呼ばれた上品そうなその少年は、眼鏡と前髪の位置を直しつつ赤いずきんに冷ややかな眼差しを向けて切り返した。

「バカはお前だ。隠し部屋に出入りする時はきちんと禁書を隠せ。バレたらもうここには来れなくなるぞ」

 アリスは自分と共に落ちてきた本を拾って赤ずきんに投げつけた。

 その本は、赤ずきんがこの部屋に入る時に使用したあの黒い本だった。

「へーい、へい」

 赤ずきんは適当に返事をして、投げつけれられた本を脇に抱えた。


「オマエ、授業は?真面目くんがこの時間にこんなトコにいていいのか?」

 退屈そうに書物を漁る秀才に、ヘラヘラと問題児は問いかける。

「オオカミからの身の守り方なんかに興味はない。適当に理由言って出て来た」

「あのメスヤギ、いい子ちゃんには甘いんだよな!」

 アリスは先生を罵る赤ずきんの右手人差し指に、光るモノが付いていることに気が付いた。

「なんだその指輪」

「ああ、これか?」と得意げに右手を見せびらかしながら赤ずきんは答えた。

「朝おれん家の前に落ちてたから拾った」

 赤ずきんの呑気な態度と裏腹に、アリスの脳裏を嫌な予感が駆け巡った。

「見せろ」

 アリスは赤ずきんの腕を掴み、人差し指にはめられた妖しい銀色の指輪を睨みつけた。

「なんだよ…?」

「これ…、外せるか?」

 アリスは真剣な表情のまま、赤ずきんの顔を見つめた。

 赤ずきんは、アリスの心配をよそにヘラヘラしたまま「外れねぇ」と肩をすくめた。

「バカ…!」

 アリスは舌打ちして顔をしかめると、すぐにまた指輪を注意深く観察した。

「アリス、この指輪のこと、何か知ってんのか?」

「見たことはない。だが、嫌な感じがする。この指輪をはめてから、何か変わったことはあったか?」

「外れないってこと以外は…今のところ何も?」

 アリスは目を閉じ、自分の中にある知識と記憶を総動員して愚かな悪友が装備してしまった指輪についての仮説を立てた。

「おそらく魔女かエルフが偶然……もしくは故意に落としたものだろう。魔女が故意に落としたものだとしたら、今後かなり厄介な事になる」

「魔女だといーな。おれ、魔女に会ったことねーもん」

「ふざけたことを言うな。魔女に会っても、こっちに利益なんかない」

 そう言ってアリスは、今もどこかで魔女がこちらを見ていないかと魔術書がひしめく部屋を見渡した。


 最近2人が見つけた誰が作ったのかもわからないこの部屋には、使用が禁止されている【禁忌魔術】について書かれた書物が数多く保管されていた。

 この部屋の創造主が魔女である場合、既に2人とも正体不明の魔女に目を付けられていてもおかしくはなかった。


 今は何の気配も感じ取れない事を確認したアリスは、次もし別のアクセサリーが落ちていたとしても不用意に身に付けないことを赤ずきんに誓わせ、ひとまず教室に戻った。


 部屋に独り残された赤ずきんは、右手人差し指の根元から離れようとしない不気味な指輪をしばらく眺めてから、何か企んだような顔でニッと笑った。

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