TWO-DIMENSIONAL=ツーディメンショナル=
梯図ミキヤ
第1章 赤い頭巾の問題児
問題児と終焉の始まり
これは、誰にでも起こりうる物語。
それぞれの思い出の隠し場所で起こっている、悲劇と希望の物語。
***
深くて青いビー玉を覗き込むような、透き通った夜のことだった。
アンデルセン地方とグリム地方の間にある【おとぎの森】の、比較的長い草の生えた場所から一本の腕が突き出た。
その腕は、まるで枯れてしまった花のようにしばらくグッタリとしていたが、不意に何か思い出したかのように動き出し、やがて大きくなった根元の穴からその腕の持ち主が全身を現した。
死人のように青白く痩せ細った身体に、黒いボロボロの服。
靴は履いておらず、裸足のまま柔らかい土の上に立つ。
うっとりとした、それでいてどこか悲しげな表情を浮かべながら深く深くため息を吐いたその黒い男は、全身に付いた土を払いもせず夜空を見上げた。
「ここが【私】が【生きられなかった】世界なんだね…」
男が夜空に向かって微笑みながら最初に突き出ていた左手の薬指の根元を右手でつまみ、軽く回すと、指輪のような形に指の肉が剥がれた。
骨を残して剥がれた肉の指輪を指から外し、右手の中でコロコロ転がすと、なんの変哲も無い銀の指輪になった。
男は自分の指の肉で出来上がった指輪をしげしげと眺めながら、指輪に向かって囁いた。
「キミがこの世界で一番面白いと思う誰かの元にお行き」
男は愛おしそうに指輪に微笑み、握った右手を高く掲げ、力尽きるようにブラリと右手を下ろすと共に握っていた指輪を世界に解き放った。
地面に着地した指輪は転がり始め、森を抜け、野原を駆け抜け、やがて……一軒の小さな家の前で……止まった……。
***
お昼と夕方の境目であるオヤツ時。
おとぎの森付近にある学校では、オオカミに関する授業が行われていた。
美しいヤギのナナメ先生は、黒板に何やらいろいろ書き込み、生徒達に向かって声を張り上げた。
「はーい!いいですか、静かにして!」
先生の声はチョークを飲まずとも美しいソプラノであった。
そんな先生の声を聞き、お喋りに夢中だった多種多様な生徒達が黒板に注目する。
「私達の住むグリム地方にも恐ろしいオオカミが沢山住んでいます。オオカミは常に腹ペコでズル賢く、私達を食べようと狙っています」
ナナメ先生は黒板に描かれた下手くそなオオカミの顔を指示棒でペシペシ叩いた。
「そんなオオカミに出くわさないようにするには、どうしたらいいでしょう?」
「おとぎの森に入らないこと〜!」
子ブタ三姉妹の末っ子・ブリックが手を挙げて元気よく答える。
「そう!オオカミの住む森に近寄らないこと!他には何かありますか?」
「先生〜…」
窓際の席で面倒くさそうに手が挙がる。
先生が顔を向けると、薄汚い格好をした少年・シンデレラがウンザリ顔で先生に告げた。
「赤ずきんが窓から逃げました」
それを聞いた途端、ナナメ先生はわなわなと震えだす。
「あの子は…!あの子は本当にもう…!」
ナナメ先生には7匹の可愛い子ヤギ達がいたが、【赤ずきん】と呼ばれたその少年ほど手のかかる子供は初めてだった。
基本的に穏やかなナナメ先生でも鬼の如く怒り狂うことがあり、その原因のほとんどがその【赤ずきん】だった。
そんなナナメ先生と生徒達を無視して教室を抜け出した問題の少年・赤ずきんは、学校の近くに生えている大木の真下にある図書館へと滑り込んだ。
階段を駆け下り、一番角の歴史書の棚の前で足を止め、辺りを見回す。
耳を澄まして誰もいないことを確かめた問題児は、台に登り、棚の一番上の段の右奥から7冊目の黒くて太い本を取り出した。
本を抱えて台から飛び降り、その本の66ページを開き、何も書かれていない真っ白なそのページに右手をあて、かすれた幼い声で呪文を唱えた。
「マージ イマセス ヌーポ…!」
すると、さっきまで何も書かれていなかったそのページに、重い石の扉を開くような音と共に地の底に下っていくような薄暗い階段の絵が現れた。
階段の絵のページを開いたまま、ごとりと足元に本を落とし、赤ずきんはそのページの中に飛び込んだ。
本の中に吸い込まれるように赤ずきんの姿は消え、開いたままの本だけが取り残され、図書館内に静寂が戻った。
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