第85話 楓と彩綾


 ジェンティルの三冠にしっかり立ち会い涙を流して、中間テストも終了。

 菊花賞のゴルシのロングスパートなんて生で見れて感動モンですよ。舌ぺろまで見せてもらっちゃって。


 「やっぱり無理だよなぁ」


 「諦めなさい」


 で、今週よ。天皇賞秋を見たいなと思ってたのにさ。残念ながら模試がある。

 これまで大体G1は見てきたけど、今回は無理そうだ。模試が終わってそっこー競馬場に行っても間に合わない。

 ごめんよ、エイシンフラッシ◯。君の勇姿は後から動画でしっかり見る事にして、俺ちゃんは模試を頑張るからね。納豆大好きおじさんの天皇陛下の最敬礼とかも見たかったんだけどなぁ。




 「あんたねぇ。もう少しぶつけやすい車を買いなさいよ」


 「ぶつける前提で話をするのは辞めて頂きたい」


 模試が無事終了して、ジャガーちゃんが届きました。

 母さんには車を買った事だけ伝えて、諸々の手続きは名前を書いてもらったりするだけだったから、どんな車を買ったかは知らなかったらしい。


 「ペーパーにも優しい車を買ってよ。こんなのスーパーに行くにも気を使わないといけないじゃない」


 「まぁ、運転し辛い車なのは認めるけども」


 夢だったんだもの。ロマンを追い求めて何が悪いのさ。高校生の分際で不釣り合いな車を買ったとは思うけどね。お金は使ってナンボと言い訳させてもらいます。


 「てか、母さんも車買えばいいじゃん。金はあるでしょ?」


 「後一年もしないうちに引っ越すんでしょう? 手続きとかがめんどくさいわ。引っ越してからまとめてやった方が楽よ」


 「まぁ、確かに」


 「じゃあ引っ越すまではジャガーちゃんで我慢してもろて」


 「いやよ。私は絶対運転しないわ。自分でぶつけやすい車を買うわよ」


 いや、あの、だからぶつける前提で話をするのはやめてください。免許を一緒に取りに行ったのは早まったかな。

 将来コンビニプリウスみたいな事をしでかさなきゃいいけど。しっかり注意しておこう。


 ☆★☆★☆★


 「うわぁ! いいの!?」


 「もちろんよ。最近勉強も頑張ってるみたいだしね。お姉さんからのご褒美よ」


 「ありがとう彩綾さん! 大切にするね!」


 「はぅわ!」


 楓君の殺人スマイルに胸が締め付けられる。


 今日は最近勉強を頑張ってる楓君にちょっとしたプレゼントをしようと、忙しい中時間を作ってもらった。

 そんな大したものじゃないけど、ここまで喜んでもらえるのは嬉しいわね。


 楓君と出会ったのは、とある高校の文化祭。そんなに乗り気じゃなかったけど、友達の弟が居るって事で渋々着いて行った。


 そこで私は出会ってしまった。

 天使の様な運命の人に。


 「ご、ご注文はどうなさいますかっ」


 高校の出し物としてはありがちな、男装女装喫茶。何やらかなりレベルの高い人も居たけど、そんなのが目に入らないぐらいこの子に夢中になってしまった。


 恥じらいながらも仕事を頑張ろうとする健気な姿。女装をしてると聞いてなかったら勘違いしそうな程な『男の娘』という言葉がピッタリな子だった。


 私は我を忘れて自分の連絡先を書いた紙を渡してしまったわ。学校を出てからどうしてあんな事をしてしまったのかと悶絶してしまったけど。今考えたらもっとマシなやり方もあったかもしれない。


 でも、楓君は律儀に連絡をくれて。

 そこからあっという間にお付き合いをする事になった。


 断じて言っておきたいのは、私の性癖はノーマルであるという事。

 いや、あったと言った方が良いかしら。現在進行形で性癖を塗り替えられていってるわ。


 中学から女子校で箱入りだったせいもあり、一気に楓君の沼にハマった。

 この笑顔を見るだけで学校のレポートなんて乗り越えられるわね。


 「えへへ。実は僕もちょっとしたプレゼントが…」


 「まぁ!」


 そんな事を思ってると、楓君はカバンをゴソゴソとして可愛らしく包装されたプレゼントをくれた。


 「お父さんの仕事を手伝ってアルバイトをちょっとだけしてね。気に入ってくれると良いんだけど」


 「見ても良いかしら?」


 落ち着きなさい、彩綾。

 落ち着きなさい、心臓。

 ポーカーフェイスで頼れるお姉さんムーブを崩してはならないわよ。


 プレゼントは私が前に欲しいなとボソッと呟いたのだった。

 楓君に聞かせるつもりで言った訳じゃなかったんだけど、しっかり覚えてくれていたらしい。


 「どうかな?」


 「はぅ…。んんっ。とっても嬉しいわ。ありがとう楓君」


 そのウルウルとした上目遣いはやめてほしいわね。心臓がかなり締め付けられるわ。


 「大切にするわね」


 「うん。僕も!」


 「はぅわ!」


 満面の笑みで返されて、またも私の心臓を締め付ける。もう私はダメかもしれない。

 このままだと楓君に殺されるわ。なんとかして耐性をつけなきゃね。

 


 

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