夏休みの思い出といえばない
夏休みの思い出といえばない
森川 めだか
ある日の夏休み。
夏はベンジンくさい。
「あーあ、部屋にクーラーもないなんて」
ハツロウの一家は母の実家である離島に来ていた。
母方の祖父にあたるじいちゃんが独居している。
お姉ちゃんはもうおさげ髪をブラシでといてカルピスを飲んでいる。
「おじいちゃん、まだ起きないの? ハツロウ、起こしてきてよ」
中学生であるお姉ちゃんはハツロウと一緒の部屋で寝るのが嫌なようだ。
とかくハツロウをこきつかう。
ハツロウは10歳だ。
「まだ起きないの?」
寝室のドアを開ける姉。
「おじいちゃん死んでる」
セミナリ。
「救急車! ハツロウはお母さん呼んできて!」
「ハツロウはおじいちゃんの小さい時そっくりだ」
「ホント、おじいちゃん?」
「ハツロウと島を一周りしたかったな」
昨日のことのようだ。
故
「みんなと同じ様にすればいいの」
ハツロウは焼香位置を間違えた。
しめやかにお通夜が営まれた。
「帰省先で死ぬなんておじいちゃん待ってたのよ」
お母さんが声をかけられている。
「夏だから早くせんば」
「坊主はまだ来んのか!」
離島に来るには漁船に乗せてもらうしかない。
「ビールは苦いのがいいんだよなあ、なんて、つい昨日まで言ってたのに・・」
ハツロウはただ観察していた。
蝉が騒がしい日だった。
おじいちゃん、胸に両手を置いて心臓を止めてるみたい。
白い布が被せられ苦しそう。
うちわと扇風機をあおいで皆が黒い服を着ている。
大人たちの喧騒は雑音に変わり、ただ、おじいちゃんが死んだという事実だけが目の前にあった。
「おじいちゃんがいない?」
「ハツロウも」
翌朝のことだった。
ママチャリがなくなっていた。
棺の中は空っぽ。
「ハツロウ、頭弱いんじゃないの?」
「お姉ちゃんっ」
「ハツロウ、あのバカ!」
「人生、長かった? おじいちゃん」
ハツロウはママチャリの後ろに遺体を乗せて走っていた。
長い腕はハツロウの肩にかかっている。
長い道路には誰もいない。
もともと人口密集地ではないからすれ違うのも稀なことだ。
サワサワサワ。蝉の声がする。
「雨、降ってた?」
TSUTAYAのお姉さんが買った本をビニール袋に入れてくれた。
ハツロウは汗かきだから梅雨のように汗をかく。
おじいちゃんは自転車に乗せたままだ。
「この麦茶、苦い!」
「アイスコーヒーだからね」
「おじいちゃん、マッカチンだ」
ハツロウは一人で沢遊びをしていた。
おじいちゃんは見守っている。
「プラナリアもいる」
濡れた靴をカゴに放って裸足で自転車を漕ぐ。
僕の好きな夏だからおじいちゃんにいっぱい見せたくて。
脚がパンパンだ。
おじいちゃんはよく言っていた。
「みんな戦争が悪いんだ」
その時のおじいちゃんは僕の知っているおじいちゃんじゃなかった。
遠くを見るじいちゃんの目は外人さんの青い目みたいだった。
何もない空には軍人さんの飛行機が通った。
ザリガニの匂い。
ヤゴをつかまえた。
湧き水を飲んだ。
コンビニでポテトチップスを二袋買った。
ここに来た時、おじいちゃんからもらった金だ。
田んぼで雑草取りをしている人達に手を振った。
「あんれ、まあ」
「力雄さんじゃないの」
「ハラヘリ、ヘリハラ」
芒の生えている所でポテトチップスを一袋空けた。
「食べないの?」
じいちゃんの口に一枚挟ませた。
おじいちゃんは後ろにひっくり返った。
夏の太陽は大きくてまるで僕らを包み込んでいるようだった。
「ハツロウ!」
「ハツロー!」
「どこ行ったんだか・・」
「この島始まって以来の一番の事件だ」
パトカーが待機している。
「高い高い」
してくれたおじいちゃんはもうこの場所にはいない。
どこでもないところに行っちゃった。
重さなんてない。
「一輪の野菊になりなさい、ハツロウ」
「おじいちゃんは死んだら何になりたい?」
「木陰かな」
「ふーん」
自転車に乗りすぎてお尻が痛くなった。
「今晩は」
返事がない。
「今日はここで休ませてもらおう」
ガレージに停めてあった軽トラの荷台に上った。
おじいちゃんを引き上げた。
ポテトチップスをかじりながら本を読んだ。死んだおじいちゃんの瞼を開いてみる。
もう僕のことも覚えてないのかな。
動物園で珍しい動物を眺めるようにおじいちゃんを見てた。
「おじいちゃん寝てるの?」
ポテトチップスを食べ終わった。
眠くなった。
「ねるねるねーるね」
隣の家のトイレの電気も消えた。
翌朝、朝刊の音で目が覚めた。
「行ってらっしゃい」
「おう、行ってくる」
すんでのところで見られなかった。
「おじいちゃん、海だよ」
貝殻が雪みたい。
「天然の氷だ」
シーグラスが流れ着いて。
「おじいちゃん?」
ハツロウは振り返った。
なんでこんな事してるんだろう。
ハツロウはボトルメールが流れ着いてないか探した。
シャベルもスコップもない。
山の中。
ハツロウは穴を掘っていた。
「おじいちゃんも人を殺したの? 戦争で」
何故か白い涙が流れた。
ライトに照らされた。
パトカーが何台か。
「ハツロウくん?」
「はい」
「少年は無事、繰り返す、・・」
「怖かったかい?」警察の人が手を差し伸べる。
「おじいちゃん死んじゃったからここに埋めるの」
母と父に叱られてハツロウはブーたれていた。
僕は何か悪い事したんだろうか。
何も悪い事してない。
「焼けたねー」お姉ちゃんはそう言っただけだった。
真っ黒に日焼けした白い歯。
汗をかいたグラス。
「お姉ちゃん、僕のカルピス飲んだー?」
「何これ? 読ませて」
夏休みの宿題。
大同小学校4年
炎天下夜になったら熱帯夜
ウフフフフアハハハアハハ笑い声
「ハツロウ、頭弱いんじゃないの?」
じいちゃん海ガメの目静かなり
盆と暮れと正月にはまた帰省する。
おじいちゃんの墓参には煙草を持って行く。あんまり好きじゃなかったのに。
「墓石磨いてもね」
牛乳飲んで大きくなったらまたおじいちゃんを連れて行きたい。
「雨、降ってる?」
「降ってないよ。虫が鳴いてるから」
夏休みの思い出といえばない。
遊びまくってたから。
猫が死んだ時が一番悲しかった。
真っ赤なザリガニのまま。
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