第31話 恋人の秘密


建国際の開催式が行われる壇上に立ち、祝辞を読み上げる。

眼下にはこの日を待ちわびていた沢山の民がいて、皆が手に持つ紙の花を投げ、興奮しながらも笑顔で私の名を口にしている。壇上に立つまでは手足が震え酷く喉が渇いていたというのに、皆が喜ぶ姿を目にすると胸が熱くなり自然と笑顔になった。

皇帝の開催宣言で式典は無事に終わり、帝都では夜通しお祭りが開かれる。

庶民だけでなく、貴族も恋人や婚約者とお祭りを見て回ったりすると聞いて興味を惹かれたが、皇女が護衛騎士もなしに帝都を歩くわけにはいかず、ブラッドも明日は剣術大会があるので自重することに。その代わり式典を終えた後は、皇女宮でブラッドとお茶をしながら昨日の報告会となった。


「それで、リクソールの王太子殿下がシンシアに求婚したわ」


昨日の出来事をブラッドに一通り話したあとそう締め括ると、それまで相槌を打っていた彼が「ん?」と首を傾げた。


「王太子は、昨日の午後に帝国に到着されたばかりでしたよね?」

「そうよ」

「ヴィオラ様に持て成すよう言っておきながら、第二皇女殿下に求婚ですか」


驚き呆れているブラッドと同様に、昨夜ヒューから報告を受けたお父様も同じような反応を見せたらしい。

今朝方、式典前に顔を合わせたヒューから「お父様の機嫌が悪いです」と知らされ、理由を訊ねたらそう返ってきたのだ。


「彼が必要としているのは帝国の性悪皇女だったみたい。だから醜聞のある私を態々指名したのよ」

「王家と力を二分しているという侯爵家を牽制する為でしょうね。もしヴィオラ様が噂通りの性悪皇女であれば、多少我儘に育てられたくらいの令嬢では到底敵いませんから」

「確証もなく帝国に訪れるのだから、相当焦っているのかもしれないわ。侯爵家と後宮を掌握できるほどの強い生国を持っているのは当然として、あの王太子殿下を含めた一癖もある人達の中で上手くやっていくには、図太く、度胸もあって、性格が捻じ曲がっているくらいじゃないと無理よね……」

「それで第二皇女殿下ですか?確かに、あの方ほど性格が捻くれている者はいませんね」


良い笑顔でそう口にしたブラッドは、前からシンシアの性格がよくないことを知っていたと言う。


「それで、求婚を受けるのですか?」

「お父様次第じゃないかしら」


求婚してきた相手が友好国の王太子という好条件であるので、シンシアが嫌だと言ったところでそう簡単に断りはしないだろう。だからといって無理矢理ということもないので、どうなるから分からない。

愛らしい仕草と巧みな話術で人を操るシンシアと、天使のような風貌を利用して油断させながら自身の利益を得るジスラン。周囲に見せることがない裏の顔を持つあの二人はお似合いだと納得していたとき、ふと妙な考えが頭を過った。


「ねぇ、ブラッド」

「何でしょうか?」


私を甘く見つめるブラッドの瞳は演技ではなく、私に囁く甘い言葉は本心からだと、そう思わせる彼だからこそ、もしかしたらと考える。


「貴方に秘密なんてないわよね?」


直ぐに「ない」と言われるだろうと思いながら、ただ何気なく訊ねただけだった。

それなのに、ほんの一瞬だけ動揺を見せたブラッドに目を細める。


「何かあるの?」


普段より低く冷たい声も、胸の辺りがモヤモヤするのも、自分ではないような感じがして酷く気分が悪い。


「いえ、何もありませんが……」

「あるのね?」


二人で居るときは絶対に私から目を離さないブラッドが、視線を伏せた。

それを見た私は椅子から立ち上がり、隣に座るブラッドの膝の上に腰を下ろし、彼の頬を両手で挟み持ち上げた。


「……ヴィ、オラ様?」

「私の目を見て何もないと言える?」

「……」

「貴方は私の恋人なのでしょう?それなのに、貴方にまで何か嘘を吐かれていたら、私は誰も信じられなくなるわ」


友人、同士、恋人を兼任しているブラッドに裏切られでもしたら、また皇女宮に引きこもる自信がある。


「ヴィオラ様に嘘は吐きません」

「本当に?」

「その、隠しているわけでもなく、秘密だと言えるものでもなかったので」

「でも何かあるのでしょう?」

「どうしてそれほど知りたいのですか?」


腰を抱き寄せられ密着しながらそう問われ、どうしてだろうと考えたが、答えはひとつだけ。


「貴方のことは、全て知っていたいわ」


他の誰かに秘密があったところで興味などなく、これほど知りたいと渇望したのはブラッドただ一人だけ。だからそれを素直に口にしたというのに、目を大きく見開いたブラッドは「降参です」と呟いたあと私の肩に顔を伏せた。


「まだお時間はありますか?」

「あるわよ」

「それでしたら、今から別宅にご招待しても?」

「別宅に?」

「はい。私の私室を見せたほうが早いかと」


陽は落ちてきたが、お祭りの最中である帝都は明るい。今日は夜通し明かりが灯るので、馬車の行き来も楽だろうと頷く。


「本当にたいしたことではないのですが」


私の肩に乗せたままの顔を横に向け、弱りきった表情を浮かべるブラッドに微笑む。

秘密を暴かれることよりも、その秘密は凄いものではないと恐縮しているのだから、本当にたいしたことではないのだろうと安堵する。

可哀想だからここでもういいと言ってあげるべきなのだけれど、折角だからブラッドの秘密が知りたい。



――そう、好奇心を出したのがいけなかった。


侍女を付けず二人で宮殿の馬車に乗り、帝都にあるブラッドの別宅へ移動する。二度目ということもあり気楽に思っていたのに、侯爵夫妻は宮殿に、侯爵家で働いている者達は皆お祭りに、別宅には私とブラッドの二人きりになってしまった。


「まさか屋敷に誰も居ないとは思わず。茶葉は……どこだっただろうか?」

「お茶はいいわ」

「すみません」


階段を上がった先にあるブラッドの私室に招かれ、足を踏み入れる前に深呼吸して激しく鳴る鼓動を抑えようと努力をしたが効果は全くない。寧ろ心臓の音が聞こえるのではと不安になるほど悪化してきた。

初めて入る異性の部屋なのだから、心臓がおかしくなるのは仕方がないと自身に言い聞かせ続ける。


「こちらです」


私の心臓が壊れるかどうかの瀬戸際だというのに、平然とした顔で私室の奥にある寝室の扉を開けたブラッドを睨むが効果はない。


「そこ、寝室よね……?」

「そうですが」

「私が、貴方の寝室に入るの?」

「はい」

「その、寝室よ?何が言いたいのか分かっているのよね?」

「……っ、違いま、いえ、違うわけではないのですが、そうではなくて!」

「……」

「誓って何もいたしませんので、離れていかないでください!」


徐々に後退する私を見て焦ったブラッドは、手を伸ばしたり引っ込めたりと挙動がおかしくなっている。私に触れてもよいものなのかと苦悩している姿はとても可愛らしく、適度に緊張が解けたところで彼の横を通り寝室へ入った。


「そこまで暗くはないわね」


まだ完全に陽が落ちたわけではなく、カーテンが開かれた窓からは夕暮れの光が差し込んでいる。広い部屋には、ベッドと小さな丸テーブルだけ……?


「家具が少ないのね?」

「社交シーズンのときにだけ使用している、寝るだけの部屋ですから」


それもそうかと頷き、それで秘密は?と顔を横に向け、そこで初めて部屋の中に大きな棚が置かれていることに気付いた。

私の背丈よりも高い棚には何か飾られていて、それを見ようと近付き、目を疑った。


「これ……絵姿よね……?」


棚の上に飾られている絵姿はどこからどう見ても私のものである。端から端まで確認していき、最近のものならまだしも何故か幼い頃のものまであることに背筋が凍る。


「これは、宝飾品?」


箱から出された宝飾品にそっと指先が触れさせると、手元に影が落ちた。


「ヴィオラ様の誕生日に合わせて作らせたものです」

「誕生日は、まだ先よ?それに、どうして全て同じ色の物を?」

「私の瞳の色です」

「瞳の……色」


誕生日に合わせて作ったと言うが、それにしては宝飾品の数がおかしい。この数だと数年くらい前から作らせていたことになるのでは?とブラッドを窺うが、何故か訊いてはいけない気がする。



「今年は棚に飾らず贈ることができるのかと思うと、とても嬉しいです」


それは嬉しそうで何よりなのだけれど、私は素直に喜べない気がするのよ……。


「ここにも何か、あるよう……」


宝飾品の下へ目を向け、これは何だろう?と顔を近付け言葉を失った。

ブラッドは急に静かになった私に何を思ったのか、棚に綺麗に並べられている人形をひとつ手に取って私に掲げて見せた。


「これは去年の舞踏会のときの物です」


精巧に作られたビスクドールのような人形ではなく、より可愛らしく簡略化された人形は手縫いの物なのだろう。その人形の髪は赤く、瞳の部分には青い宝石が縫い付けられている。

そして、私と同じ色彩を持つその人形が着ているドレスは、去年の舞踏会で私が着ていた物ではないだろうか?


「その、人形は……?」

「母が親しくしているご婦人がこのような物を作るのが好きな方で、お願いして作っていただいています」

「もしかしてだけれど、その人形は……私なの?」

「はい。似せて作ってもらいました」


人形を棚に戻す為に動いたブラッドに、ビクッと肩が跳ねた。


「ヴィオラ様?」

「見たほうが早いと言っていたのは……」

「これです。以前、友人からこの棚にある物は秘密にするよう言われたことがあったので」


――人の秘密を暴こうとするから、罰が当たったのだわ。


恥じらうブラッドが何か言っているけれど頭に入ってこず、ただただコレは何なのかと混乱するばかり。もう一度棚を見てからブラッドを見るが、やはり意味が分からない。


「ヴィオラ様、顔色が……」


私の頬に伸ばされたブラッドの手を無意識に避け、そのまま彼から距離を取る。

露骨に避けられても私を心配そうに見るブラッドに胸が痛むが、今は余裕がないので許してほしい。


「ごめんなさい。今日は、失礼するわね」


ブラッドの返事も待たずに部屋を飛び出し、彼から逃げ出した。

屋敷の外に待たせておいた馬車に乗り、御者を急かしたところまでは覚えているのに、その後の記憶は曖昧で……。

声を掛けても反応のない私をどうすることも出来ずにいた御者が皇女宮に走り、駆け付けたアンナに肩を揺さぶられるまで、私は宮殿に戻って来たことにすら気付けず馬車の中で頭を抱え蹲っていた。





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