第28話 穏やかな日々

三日にわたって行われる建国際に向けて準備が始まった。

初日は式典、二日目は剣術大会、三日目は舞踏会、女神役として着用する衣装や装飾品は計三日分そのときに合わせた物を用意する必要があり、これだけでもかなりの時間を要した。


けれどそれが終わればあとは楽なもので、式典での祝辞は予め用意されているものを読み上げ、剣術大会では優勝者に花の冠を被せ、舞踏会では皇帝よりも先に騎士役と踊るだけ。

お仕事はたったこれだけなので、急遽女神役が交代したことによる支障はなく、滞りなく準備は進められている。


それと並行し、私の噂を吹聴して回っていた貴族の令嬢や令息達が謹慎を命じられた。

高位の家柄やその人数、それに加え第二皇女であるシンシアと親しくしていたということもあり、非公式で各家に謹慎処分を命じたとお父様の補佐官であるクロイから聞いた。

ただ、中枢で働く者達や上級貴族にはこの件が通達され警告を与えたと言う。

今回はお母様が動いたことによって、回帰前のように私の醜聞が増えるようなことにはならず安堵したが、短期間で粛清が行われ、社交に勤しんでいたシンシアが自粛しているというのだから、お父様は気付いていたのかもしれない。


「いよいよ明日ですね」


もう慣れたものか、私の私室で寛いでいるブラッドに頷く。

騎士役もそうだが剣術大会に出場するというのに、彼に気負う素振りは全く見えない。


「建国際は明日だけれど、今日の午後に隣国の王子が宮殿に到着されるわ」

「確か、リクソールの王太子でしたよね?」

「そうよ」


隣国であるリクソール国と帝国は、長年友好的な関係を維持し続けている。

リクソールは豊で資源が豊富な国なので他国から狙われることもあり、帝国に優先的に資源を提供する代わりに、他国からの圧力や侵略から守ってもらっている。互いに利益ある協力関係なのだから、使者ではなく王太子という身分の者が建国際を祝いにきてもおかしくはない。


「私がその王太子殿下を持て成すことになっているわ」

「ヴィオラ様が?」

「向こうから名指しでそうお願いされたのよ」


持て成すとは言っても、宮殿の案内や話し相手、建国際で気に掛けておくといったことだけ。

リクソールの王太子はシンシアの将来の旦那様なのだから、持て成すのはシンシアでよいのでは?と思い、お父様にそれとなくあの子を勧めておいたのだが、本人がやりたくないと断ったらしい。

未婚で婚約者もいない王太子ならあの子は飛びつくと思っていたのだが。


「そうよね、初恋がこれだもの……」


どの角度から見ても完璧な容姿と彫像のような身体は、同性であっても見惚れてしまうほど。ブラッド以上の男性など見たことはなく、存在するのかさえ怪しいのではと考え、ふと疑問を持つ。


リクソールの王太子はどのような人だった……?


回帰前に一度だけシンシアに招待され隣国を訪れはしたけれど、不思議と王太子の顔をよく覚えていない。挨拶くらいは交わした筈だったのにと記憶を探っていれば、正面ではなく態々隣に座るブラッドから「ヴィオラ様」と顔を覗き込まれ、吐息が触れるほどの近さに驚きのけ反った。


「何か考えごとですか?」

「……ブラッド」

「私がお側に居るというのに、他のことを考えているヴィオラ様がいけないのです」


後ろへ倒れないよう咄嗟に私の背を支えたブラッドを睨めば、彼は不貞腐れたような顔で不満を口にする。普段は人を寄せ付けない落ち着いた男性が、こうして擦り寄り甘えるのだから本当に困ってしまう。

どうしてこの人はこんなに可愛いのかしら……。


「王太子殿下はどういった方なのかと、考えていただけよ」

「友好国なのですから一度くらいは会ったことがあるのでは?」

「ヒューはあるのだろうけれど、私とシンシアはないわよ。お互いに婚約者も居らず未婚だからこそ、その辺りは慎重にならなくてはいけないもの」

「それでしたら、今回の名指しは?」

「クロイから聞いたのだけれど、今のリクソールは王族と侯爵家の力が二分しているらしいの。侯爵家が国に忠誠を誓っているような家ならよかったのに、どうもそうではないらしくて。しかも、その侯爵家には王太子殿下と同じ歳の令嬢がいるわ」

「それは厄介ですね」

「自国でその令嬢よりも力が強い家柄の令嬢はいないのだから、リクソールの王族が打つ手は限られているわね」

「帝国の皇女なら、侯爵家など足元にも及びませんから」


今思えば、一目惚れしたという理由だけで王妃を選ぶだろうか?

初めから帝国の皇女に狙いを定めて建国際に自ら訪れたのでは?


「厄介なのは王太子殿下かもしれないわね」

「ヴィオラ様」

「……っ」


ふうっと溜め息を吐けば、ブラッドが再び顔を近付けてくる。


「王子のことよりも、私のことで頭をいっぱいにしてください」


眉を下げ悲しげに囁くブラッドの破壊力は凄まじく、軽く眩暈がしたが負けるものかと首を傾げ微笑む。

恋愛は、主導権を握られた方が負けだと小説に書いてあったのだから!


「貴方のことで?」

「はい。剣術大会で私が優勝したときに花冠を乗せる練習でもしておいてください」

「もう優勝する気でいるの?随分と余裕なのね」

「貴方の騎士が負けることはありません」


不敵に笑うブラッドに目を細め、優勝するとは分かっていても「怪我は……」と口から零れていた。


「怪我だけはしないで。とくに、その顔に傷をつけたら許さないから」


何故だか心配を口にしたことが恥ずかしくて、最後の言葉だけは早口で告げると、私の右手を持ち上げ手のひらを自身の頬に当てたブラッドが破顔した。

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