第22話 助言
社交を煩わしく思い始めたのは、成人を迎えて直ぐの頃だっただろうか。
それまでずっと領地から出ることなく、同年代の遊び相手は同性のみ。自分の容姿が悪くはないことを知ってはいたが、あらゆる貴族が集まる帝都での社交場では埋もれてしまう程度のものだと思っていた。
だが実際は、どの社交場でも異性に囲まれ、追い掛け回され、全くの予想外だった。
初めのうちは戸惑いながらも丁寧に断っていたが、その度に泣かれ、周囲の令嬢達からの冷たい視線と罵声を浴びる。まだ成人したばかりの子供で、社交に慣れておらず適応力もなかったあの頃は、そうした日々に耐えられず社交シーズンの途中で逃げるように領地に帰っていたことをよく覚えている。
それが数年も経てば慣れてくるもので、囲まれる前に牽制するように冷たく見据え、追い掛け回される前に「ついてくるな」と言えばいい。何を言っても泣かれるのであれば、そもそも会話を持たなければいいのだと、そう過ごしてきた。
だからこそ、数年前までは次期当主としての仕事があるからと、なるべく帝都へ向かう時期を伸ばし、遅れて帝都へ到着しても必要最低限の社交だけを行い直ぐに領地に帰っていた。
それが今では、社交シーズン前から帝都へ向かい、あれほど面倒だと言っていた夜会に率先して出席しているのだから、父は大分困惑したことだろう。逆に母は色々と察し、見守る体勢でいる。
私室の客間に飾っている姿絵や、寝室に置いてある物。レンフィード侯爵家の権力を行使して行っている様々なことを隠しもしていないのだから、侯爵家を取り仕切っている母が気付かないわけがない。
ヴィオラ様をこの別宅へ招待したと両親に告げたときも、父は唖然としていたが、母は喜びを露わにしたあと直ぐに準備に取り掛かっていた。
父と自分はやることがなく、ただその日をソワソワしながら待つだけで、いよいよ前日となった今日は最終確認という重大な仕事を任され忙しくしていたというのに。
「空気の読めない招かざる客が訪れた」
「ブラッド、親友に向かってその言い方はどうなんだ?」
「その通りだろう?」
何故よりにもよって今日なのだと睨めば、ソファーで勝手に寛いでいる男が眉を顰める。
幼馴染兼親友であるテジレ・フォールは、侯爵家の嫡男であり、未来のフォール侯爵である。
その為、互いに将来を見据えた利益を考慮したのと、ただ単に気が合うという理由で共に行動している。
「俺を邪険にしていいと思っているのか?誰がお前のつきまといに協力してやっていると思っているんだ?」
「つきまといとは、随分な物言いだな」
「他に表現のしようがないほど的確な言葉だ」
その言い方はまるで犯罪者のようではないかと訂正を要求すると、テジレは心底呆れたといった風に深く息を吐いた。
「初恋を拗らせているお前が面白くて静観していたが、お前が日に日におかしくなっていくから、俺は心配でたまらないよ」
「失礼な奴だな」
「いやいや、本人に自覚がないからこそ、こうして俺が前日に訪ねてきてやったんだろうが」
おかしなところ……?と自身を見下ろすが普段と変わりなく、それならと姿見の前に移動し顔を左右に振って確認するも、やはりどこにも異常は見られない。
「どこもおかしなところはないと思うが?」
振り返ってそう口にすると、降参だとばかりに両手を上げ「駄目だ、これは」と大袈裟に嘆いたテジレがソファーから立ち上がり、寝室の扉を開け放った。
「おい、勝手に入るな」
「はいはい、小言は後で聞いてやる。いいか、今からお前の異常性を説明してやるからついて来い!」
来たときと同様に勝手に寝室へと入って行くテジレを渋々追い掛ければ、寝室のど真ん中に険しい顔で両手を広げて立って居た。
「よく聞け。このだだっ広い寝室のほぼ大半を占領しているのが、あの無駄に大きな棚だ!」
寝室にはベッド、その横に小さな丸テーブル、そして棚。他に家具がないのはテジレの言う通り棚の所為でもあるのかもしれないが、元々物を置くのが好きではないのでこうなっているだけのこと。
「そうだな」
「そうだな、じゃないんだよ。お前の異常性を証明しているのがこの棚だ」
「……棚が?」
「その困惑したような顔を止めろ、腹が立つだろうが。よし、先ずは一番上からだ」
棚の前に立ち、右手で棚の一番上を指し示すテジレに首を傾げる。
「このいくつも置かれた第一皇女殿下の姿絵。幼い頃から最近のものまで、世に出回ることがない筈のこれらを、お前は一体どうやって手に入れた?」
「皇族が姿絵を描かせている画家に描かせたものだが……?」
「そうだ。大金を積み、半ば脅す形で描かせたものがこれらだ!」
「脅す……?その画家は我が家の絵姿も描いている者で、昔から親しくしているからお願いしただけだよ」
「お願いして描くわけがないだろうが。皇族の絵姿だぞ?犯罪だ」
「だが、皇帝は父に家族の絵姿を寄越すくらいなのだから、私が他にもいくつか持っていたとしても気にはされないさ」
「いや、この量は……」
何か言いかけたテジレは、片手で目を覆い唸ったあと「だったら、次だ!」と声を上げた。
「上から二段目のコレは?」
「宝飾品だな」
帝都の優秀な職人に作らせた品々は、流行に左右されることもなく年数が経っても輝きが衰えることはない。毎年ヴィオラ様の誕生日に合わせて特注で作らせているものだと、胸を張って答えれば、またもやテジレが吠えた。
「恋人でも婚約者でもないお前が、第一皇女殿下の誕生日だからと言って宝飾品を作らせているんだ?渡す予定なんてないだろうが」
「誰にも迷惑をかけていないのだろう?それに、いつか渡せる日がくるかもしれない」
「だとしても、今迄渡せなかったからとこの大量の宝飾品を貰って喜ばれるとでも?しかも全てお前の瞳の色と同じ宝石をあしらった物だ。その執着が怖くて逃げだすぞ?」
「テジレだって自身の瞳と同じ色の宝石を使った宝飾品を作らせていただろう?」
「あれは婚約者に渡すものだからな!お前と第一皇女殿下は他人だろうが……」
「……最近は、他人ではなく知人にはなれた」
「おい、顔を背けて不貞腐れても可愛くも何ともないからな?それを可愛いと言うのは、一部のお前の妄信者達だけだ」
妄信者とは何だ?と考えていれば、テジレが「極めつけはコレだ!」と上から三段目の棚を叩いた。そこには一番大切な物を置いているので止めてほしい。
「この第一皇女殿下に似せて作らせた人形の数々。しかも、舞踏会や夜会、その他で目にしたあの方の装いをそっくりそのまま人形サイズで作らせ着せて飾っているとか、もう、お前本当に怖いから……」
「皇族が受け継ぐ宝飾品だけはレプリカを作るわけにはいかず、困っているんだ」
棚の前にしゃがみ込んで両手で顔を覆っていたテジレが顔を上げ、パカッと口を開けた。
「真面目な顔で何を言っているんだよ!?お前は、自分がおかしいと思わないのか?というか、この家の人は誰一人として指摘しないのかよ……」
床にしゃがんだまま髪を掻きむしるテジレの姿のほうが余程おかしいとは口には出さず、彼の前まで歩いて行き手を差し伸べる。
「父も、母の人形を持っているのだが」
「……あぁっ、そこからかっ!」
床に崩れ落ち、何かぶつぶつと呟いているテジレに肩を竦める。
「いいから一度立て。汚れるぞ?」
よく分からない奇声を発するテジレの肩を揺さぶって声を掛けると、思いがけない言葉が返ってきた。
「駄目だ、皇女殿下を逃がさないと……」
その瞬間、「はっ……」と自分でも分かるほど低く冷たい声が出ていた。
「ちょっ、いや、待て!冗談だ!冗談だから、その殺気を引っ込め……おい、剣を掴むな!」
部屋の隅に置いてある剣を掴めば、床から飛び起きたテジレが客間へと逃げて行く。隣室から「剣を置いてこい!」と叫ぶテジレに呆れながら、寝室の扉を閉じた。
「はぁ……本当に重症だな、お前」
定位置であるソファーに寝転がり、クッションを抱えながらそう口にしたテジレは、まだその話題を続けるらしい。
「お前さ、あれらを第一皇女殿下に見せられるのか?」
あれらとは、あの棚に置かれた物のことだろうか?と思案したあと、テジレを見つめながら頷く。
「多少は驚かれるかもしれないが」
「驚くと同時に嫌われるからな」
「……それほどのことだろうか?」
「それほどだ!優れた容姿に侯爵家という身分、鍛え抜かれた身体に、耳に心地よい低音の声……って、腹が立ってきた」
ボス、ボスッ……とクッションを数発殴ったテジレは、「兎に角」と言葉を続ける。
「全てが完璧だとか言われているお前でも、つきまといや自分の絵姿や人形を集めていると知ったら、百年の恋だって冷めるものなんだよ」
「……」
「此処に飾ってあるその絵姿ならまだしも、寝室にあるあれらは絶対に見せるな。その存在すら匂わせるな。今日はそれを言う為だけに態々来てやったんだからな」
「……」
「初恋は三つのとき。ある程度遊んできたが、今は婚約者一筋の俺を信じろ!分かったな?」
身を乗り出したテジレに両肩を掴まれ「ほら、頷け」と念を押され、寝室の扉を見つめながら静かに頷いた。
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