第21話 恋愛談義とは?

「恋愛談義をしましょう」


頬杖をつき、右手の人差し指をピッと立てそう口にすれば、対面に座るジェマが目を半眼にする。


「何ですか、それは」

「恋愛について話をすることだと本で読んだわ」

「凄く怪しい本ですね」


恋の指南書と名高い恋愛小説だと説明すれば、途端にジェマの表情が険しくなった。


「そのような本を読まれるのですね」

「様々な場所や立場、状況や情勢があって、とても参考になるのよ」

「参考に……?もしかして、急に恋愛談義などと言われたのは、その恋愛小説の所為でしょうか?」

「年頃の女性が集まると必ず、どの男性がよいのか、どの家の子息が素敵だとか、婚約するならどのような人がよいか、そんなことを楽しく話すらしいのよ」

「そのような描写が?」

「えぇ。そこで異性の友人や親族を紹介されていた描写もあったわ」

「私には異性の友人はいませんし、紹介できる未婚の親族もいませんよ?」

「私にもいないわよ?」


ジェマと顔を見合わせ、同時にスッと視線を逸らす。

そうだった、私達は似た者同士だった……。


「紹介をしてもらうつもりはないわ。ただ、ジェマとそのような話ができたらと思ったのよ」

「それは構いませんが、顔と名前が一致する貴族男性なんて、ブラッド・レンフィード様くらいですよ?」

「……えっ?」

「私は成人して直ぐに婚約しましたから、他家の子息など知る必要がありません。普通は隣接する領地の貴族と交流を持つものなのでしょうが、私と同じくらいの年頃の子供がいませんでした。社交活動は昔から苦手で派閥にも入らずにいたので、お茶会や観劇などに誘われることはありませんよね。ですから、貴族男性と言われても、舞踏会や夜会で殊更視線を集めているレンフィード侯爵家のご子息くらいしか知りません」

「あの人は目を引くものね……」

「私が語れることはありませんが、話を聞き相槌を打つことはできます。では、どうぞ、ヴィオラ様」

「……どうぞって」

「ヴィオラ様は社交活動をなさっていますし、取り巻きのご令嬢もいらっしゃいますよね?ですから色々と詳しいのではありませんか?」

「全てとは言わないけれど、大抵の貴族男性は知っているわ。私の側に居た令嬢達がどの男性が素敵だと話しているのを耳にしたこともあるの。でもね、興味がなくて……」

「恋愛談義は、私達には難解なのでは?」

「それはやってみなくては分からないわ」

「そうでしょうか?」


首を傾げたジェマが自身を指差し。


「婚約破棄の常習犯」


私を指差し。


「男を誑かす性悪皇女」


と口にしたあと、パンを頬張った。


「無謀だったわね……」

「……んぐっ、無謀ですね」


恋愛小説を読み、これくらいなら簡単だと感じたことが、これほどまでに難しいとは……。

カクッと項垂れ暫く無言でいると、小さく咳払いしたジェマが「ですが」と口を開いた。


「恋愛談義はできませんが、婚約破棄した話ならできますよ?」

「……」

「先ず、一度目の婚約ですが」

「待ちなさい!それはとても繊細な話でしょう?軽々しく話してよいことでも、聞いてよいことでもないと思うのよ」

「繊細?まさか、そのような話ではありませんよ」

「へっ……?」

「好きだった人から婚約破棄されたとかであるならまだしも、好きでもない赤の他人に婚約破棄を突き付けたのですから、繊細というよりはスッキリした話ですよね?」


デザートの果物をフォークで刺し、ニイッと笑ったジェマに思わず「おおっ」と声を上げた。


「では、先ずは一度目の婚約破棄からですね」


オトクス伯爵は、帝都から遠く離れた広大で豊な領地を活用した事業で成功し、莫大な資産を持つ貴族である。その伯爵家の跡継ぎではないが、長女であるジェマの価値は高く、嫁いでくるときの彼女の資産と援助金を目的とした婚約の申し込みが成人前から殺到したらしい。


「それ自体は貴族であれば当然のことですから」


家の為に結婚することに何も不満はなかったと言う。

一度目の婚約は、父親と仲の良かった伯爵家の子息。ジェマよりも二つ歳が上だった子息とは面識がなく、婚約式で初めて顔を合わせたらしい。


「結婚前に互いを知るべきだとお父様に提案され、彼とは何度かお茶や食事をしたのですが、私に対しての態度が悪くなっていったのですよね……」


声を低くしたジェマにそっと果実水を渡せば、一気に飲み干したジェマが袖で口を拭う。


「私と婚約したことで安堵したのか、羽目を外すようになって。賭け事に女性遊びと、私を舐めていたのでしょうね」


何をしても婚約破棄されることはないと思っていたのだろう。貴族の令嬢にとって婚約破棄というものはある意味死を意味しているのだから。


「そこまでされて黙っているわけがありません。結婚できない理由を集め、それらを書き記した書類を彼の家でばら撒き、婚約破棄を宣言しましたわ」


そう言ったジェマが、「顔面蒼白でしたよ?」とほくそ笑む。


「二度目の婚約は、その翌年だったかと」


婚約破棄した傷心のジェマを支えたいと、同情心が強い男爵家の次男。

下級貴族とはいえお金に困っているわけでもなく、裕福な男爵家の子息は地味だが心優しいと貴族の令嬢達からは評判が良かったらしい。


「同等か上の爵位を持つ貴族との婚約はできず、お母様の知人が勧めてきたのがその子息だったんです」


兎に角もう一度と母親が婚約を進めていたのだが、一度目のこともあってか信用できず、人を使って調べさせたというのだから凄い。


「男の人って馬鹿ですよね。貴族の令嬢がそんなことをするとは思っていないのですから」


調べさせた結果は散々なものだったらしく、男爵家の次男には既に子がいて、ジェマと結婚したあとに子とその母親を迎え入れるつもりだったと。


「私が婚約破棄されたと思っていたらしく、後がない令嬢を救済するのだから、その見返りだと喚いていました」


紅茶を飲み、ふうっと一息ついたジェマが「大丈夫ですか?」と私に訊き、それに対して首を左右に振る。大丈夫かと訊きたいのは私のほうである。


「男運と言ってしまってもいいのかしら……散々ね」

「呪われている気がしますよね。でも、三度目はまともな人だったんですよ?」


二度目の婚約破棄から二年後、もう誰かと結婚することなどないと楽観視していたジェマは本気で驚いたと言う。

三度目は歳が離れた伯爵家の当主。歳が離れているとはいえたった十歳程度で、見目も人柄も良いが、病弱な人だったらしい。

どこから探してきたのか、母親に絵姿を渡された翌日には婚約式となり、あっという間に婚約していたのだとジェマは平然と口にする。


「結婚なんてほぼ絶望的でしたからね。お母様のあの気迫も分かる気がするのです」


調べても埃ひとつ出てこず、貧しくもない。これなら悪くはないと平和に過ごしていた結果、伯爵の病が悪化し帰らぬ人となってしまった。


「これが三度の婚約破棄の顛末です」

「人選が悪いのよね……」

「伯爵家の令嬢なんてこんなものですよ。侯爵家くらいであれば相手を選べるのでしょうが」


婚約中に婚約者の人柄がガラリと変わり、それまで隠されていたことが見えてくるというのはよくあるらしく、それでも大抵の令嬢は婚約破棄など出来ずに嫁いでいく。


「もう婚約する相手もいませんし、その気力もないので、お母様には諦めてほしいのですが」

「一人になる娘が心配なのよ」


一人がどれほど孤独なのか、それが分かるようになるのは年を取ってから。


「最近は気が立っていて困っていたのですが、ヴィオラ様からの招待状を見てからはとても機嫌が良いのです」

「そうなの?」

「領地から出ず社交もしない娘でしたから、少しは安心したのかもしれません」

「皇女が主催する大規模なお茶会だと思われていたら申し訳ないわね」


ヒューやシンシアが開くお茶会は、各派閥に属する貴族の令息や令嬢が集められる大規模なものである。

だからこそ第一皇女が主催するお茶会はどれほどの規模のものだろうか、と期待を膨らませたジェマのお母様には言えない。実際はたった二人でのお茶会だなんて……。


「白亜の皇女宮に招待されただけで誇れることです。もしよろしければ、また、その、こうして招待していただけたらと……」

「また二人だけのお茶会になるわよ?」

「ヴィオラ様とのお茶会は、どこの夜会やお茶会、観劇よりも優先される凄いことですよ?そのようなお茶会に私だけが呼ばれるのですから、これはもうとても名誉なことでは?」


真顔でそう言いながら耳を赤くするジェマに、ふはっと噴き出す。

皇女のお茶会でご機嫌伺いをするのも立派な社交だと二人で笑いながら話し、次の約束を口にした。





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