第20話 初めての友

御爺様が主催された夜会で出会った、伯爵家の令嬢であるジェマ・オトクス。

初見であった彼女と意気投合し、夜会が終わるまでずっと二人で語り合ったのは記憶に新しい。本心を隠すことなく話せる同性の親しい友ができたと喜んでいたというのに、あの夜会以降、観劇や夜会といった社交の場にジェマが現れることがなかった。

あの日は、両親からの圧に負けて渋々夜会に出席しているのだと口にしていたジェマ。社交を避ける彼女と次に会えるのは……と考え焦った私は、オトクス家の別宅へ手紙を届けさせた。

このままでは今年はおろか、来年以降もジェマと会えることがないのではと思ったから。


「というわけで、今、此処に貴方がいるのよ」


真っ白な外観の優美な皇女宮。

三人の建築家にデザインさせた皇女宮の美しさはさることながら、内部の拘りも凄く、初めて訪れた者は必ず感嘆の息を零す。


「そうですか、それはとんでもないことをしてくれやがりましたね……」


第一皇女が許可した者だけが入れる特別な皇女宮の客室。そこには侍女に案内され入ってくるなり恐る恐る周囲を見回し、ふーっと大きく息を吐き出したあと仁王立ちして私を睨むジェマが。


――そう、私はジェマをこの白亜の皇女宮に招待したのだ。



「とんでもないことかしら?」

「社交嫌いの娘宛に帝国の皇女から手紙が届いたのですよ?しかも、招待された先は、この白亜の皇女宮ですよ?父は顔を青くし、母は狂喜乱舞。兄は何を夢見たのか自分磨きに精を出す始末です」

「ご、ごめんなさい。別の場所で会うべきだったわね」

「いえ、場所も問題ですが、相手が問題なのでそこは変わりません」


お気遣いなく、と締めくくったジェマは相変わらずでとても和む。

そんな遠慮のないジェマをテラスに用意させた席へと促す。

夜会で彼女が「唯一の楽しみは食事です」と話していたのを覚えていた私は、庭園が眺められるテラスに昼食を準備させていた。


「どうぞ」

「……っわ」


美しく整えられたテラス席、そこに置かれた食事にジェマの瞳が輝くのを見て微笑む。


「昼食を一緒にと思って用意させたの。食べるのが好きだと言っていたから」

「あの、二人分しかありませんが?」

「二人だから」

「……二人?他にも後から来られるとかは?」

「ないわね」

「はぁ、良かった。そうですか、それなら」


客室に入って来たときと同じく深く息を吐き出したジェマがいそいそと椅子に座る。私は若干ご機嫌に見えるジェマに首を傾げながら、彼女の対面に座った。


「てっきり皇女が開くお茶会に招待されたのかと思っていたので安堵しました」


椅子の背に寄り掛かりそう口にするジェマに、ああ……と納得する。

どうやら彼女は、シンシアが普段開いているような令嬢達を集めたお茶会に招待されたと思っていたのだろう。


「それで入って来たときに室内を見回していたのね」

「親しい令嬢はいませんし、気の利いた受け答えもできません。それに禄でもない噂もありますから、何度も断れないか悩み、此処に来るのも躊躇っていたんですよ?」

「そうだったのね。でも安心してちょうだい。お茶会なんて開いたことはないし、此処に招待しようと思える親しい友人もいないわ」

「そうでしたね」


安心させる為に口にしたことだったが、こうもあっさりと納得されると悲しくなる。「互いに友達などいませんからね」と呟くジェマに深く頷き、朝食を勧めた。


「そういえば……」


喜んで食事を始め、料理に夢中で返事が曖昧だったジェマが顔を上げ、手を止めた。

喉を詰まらせないかと気を揉んでいた私も食事の手を止め、眉間に皺を寄せるジェマを見つめたが……。


「下僕ができたようですね」


彼女の口から出てきた言葉に唖然とし、手に持っていたナイフがテーブルを転がる。


「あの馬鹿げた噂が、社交すらしていない貴方の耳にまで入っているなんて……」

「あ、全部嘘なんですね」

「質の悪い嘘よ」

「噂の相手がブラッド・レンフィードだったので、嘘ではなく本当のことなのではと思ったのですが、違いましたか」

「相手がブラッドだからこそ、嘘だと思うでしょう」

「いえ、あの男は……」


不自然に言葉を止め視線を彷徨わせたジェマが「いえ、そうですね」と口にする。思ったことを口に出す彼女にしては珍しいことだと気に掛かり、「あの男は?」と続きを促す。


「あのですね、今から口にすることは、私のただの憶測ですから。本人から聞いたわけでも、その周辺から聞いたわけでもありません。ただ、私が見たままを告げるだけですからね?」

「分かったわ」


周囲を警戒したあと声を潜めて話し出したジェマに頷けば、彼女は椅子を私に近付け、真剣な顔で口を開いた。


「あの男、ヴィオラ様に執着していますよ」

「……は?」

「ですから、ブラッド・レンフィードがヴィオラ様に執着していると、そう言っているのです」


執着……?執着とは何だったかと考え、瞬きする。

帝国の未婚男性の中で最も人気のある侯爵家の子息が、性悪だと噂される皇女に執着を?


「それはないとは思うのだけれど、どうして彼が執着をしていると?」

「毎年、必ず舞踏会にだけは出席しなくてはならないでしょう?そこで親交を深める相手はいませんので、帰る時間まで人間を観察しているのですが」

「観察を……」

「はい。結構暇つぶしにもなって楽しいのです。それで観察していて気付いたのが、ブラッド・レンフィードが異常なまでにヴィオラ様の姿を目で追っているということです」

「目で追うとは……?」

「言葉の通りですよ。ジッと、ヴィオラ様から視線を外すことがありませんでしたね。誰と居ても、誰かから話し掛けられても、ジッとひたすら」

「何か、彼が気になるようなことを私がしていたのかもしれないわよ?」

「いいえ、ヴィオラ様はただ立っていただけです。暇な私が、彼の視線の先に居るヴィオラ様も観察していましたからそれは確かですよ」

「だとしたら、偶然ということも」

「夜会の始まりから終わりまで、ずーっとヴィオラ様を見つめているのが偶然だと?」

「……それは」

「一年だけならまだしも、二年、三年と続けば、執着していると思われてもおかしくはないかと」


ジェマの言葉に眉を顰めれば、「憶測ですよ?」と彼女は肩を竦めて見せる。


「でも、彼とはとてもよい同士であり友達なのだけれど」

「そうなのですか?それなら執着ではなく、ただヴィオラ様を心配して見守っていただけなのかもしれません。そういうことにしておきましょう」


飽きたのか、それとも憶測が外れ興味をなくしたのか、ジェマはこの話題はお終いだとばかりにモグモグと茹でられた野菜を咀嚼し、柔らかいパンに手を伸ばす。


「下僕ね……」

「気にするだけ無駄です。くだらない嫉妬ですよ。まぁ、それほどの美貌と地位を持っていたら嫉妬する女性は後を絶ちませんが」

「全てお父様とお母様から頂いたものなのだけれどね」


可哀想にと態とらしく顔を左右に振るジェマに向かって、私は口角をニッと上げ首を傾げる。


「同じようなものを手にしている人であっても、隣は眩しく見えるものです。しかも、その眩しいと感じる相手と比べられるような立場であれば、尚更」

「……」

「噂を流すことでヴィオラ様を地に落とし、自分はその逆をいく。中々うまい手ですよね」

「噂の主犯が誰か、分かっているような口ぶりね?」

「それはそうですよ。あの方、結構露骨にやられていますから」


ジェマが口にしたあの方が誰を指すのか、聞かなくてもこの宮殿に居る者は皆分かる。


「帝国の皇女の悪意ある噂を流せば、皇族不敬罪で処罰されます。ですから、ただの貴族は皇族に関してのことは口にすることすら躊躇うものです。それなのに誰も止めることなくここまで広がったとなれば、第一皇女殿下の噂を口にしても許される場であったと。例えば、ヴィオラ様と同じ皇族が主催するお茶会とか」

「否定はできないわね。その現場を先日、庭園で目にしたから」

「身内に敵がいると大変ですね。頑張ってください」

「全く心がこもっていない言葉をありがとう」

「どういたしまして」


椅子を元の位置に戻し食事を再開するジェマに恨みがましい目を向ければ、それに気付いたジェマにそっぽを向かれてしまう……。

こんな遣り取りですら楽しいのだから友達とはよいものだと笑みを浮かべ、この昼食会での本題を切り出した。



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