第17話 お迎え


ヒューの人脈を使って紹介してもらった、オルコッス家の長男。


『真面目過ぎて面白味がないと、そう言われよく振られます』


頬を掻き苦笑しながらそう口にした彼は、噂通りに好青年だった。

明るく、賢く、謙虚。領地を発展させる為に他国の技術を取り入れているといった、彼の話しはとても興味深く、細やかな配慮もできる。

ただ、実年齢よりも落ち着いている人なので、若い令嬢からすると面白味がなく見えるのかもしれない。彼よりも年齢が上の、社交慣れしている女性であればうまくいくと思う。

そう、例えば寿命を全うして回帰した私とか……。

でも彼といても胸が高鳴ることはなく、また次も会いたいとは思えなかった。


『焦る必要はないと思っています。まだ、先は長いですから』


そんな私の心の中を見透かしたように、そう口にして笑った彼にほっとしながらも、彼と話している間ずっと背中に感じていた視線が気になって仕方がなかった。

どうしても気になって視線を感じるほうへと目を向ければ、そこにはブラッドがいて。


――凄く怖い顔で睨んでいたのよね……。


ここ最近の夜会では、顔を見かけたらどちらともなく話し掛け、二人でいることが多かったように思える。だからか、ブラッドが一人で佇む姿を目にした令嬢達が一生懸命話し掛けていたのに、彼は一瞥することなくそれらを無視していた。

眉間に皺を寄せ、冷ややかな目をこちらに向けていたブラッド。

私も回帰前は自分に近付く者達すべてが疑わしく、彼等の声に耳を傾けることはなかった。もしかしたら、恋をしたいと口にした私の姿が、彼には滑稽に見えたのかもしれない。

彼は私の話を聞いて笑いはしなかったが、理解も共感もできないといった感じではあった。

やはりここは同士であり友のような関係となった私が先駆者となり、彼に恋愛の素晴らしさと伴侶の大切さを教えてあげるべきなのかもしれない。


そう思えば、朝から侍女に磨き上げられ鬱々としていた気分が晴れていく。

訓練場の見学とはいえただ一方的に高い場所から眺めるだけなので、帝国の騎士と顔を合わせることはない。だから普段通りで構わないと私は言ったのに、アンナを筆頭とした侍女達に首を横に振られ、引っ張られるように浴室へと連行され今に至る。


「……そろそろ時間が」

「まだ十分に余裕がありますので、ご心配なく」

「夜会がある日よりも念入りなのは……」

「あのブラッド・レンフィード様がお迎えに来られるのですから、ヴィオラ様があの方を横に置き、より輝けるようお手伝いをさせていただきます」

「ブラッドが宝石のような扱いになっているわよ」

「容姿だけは一級品だと思っていましたが、ヴィオラ様の素晴らしさをお分かりになるのですから、内面も特等でしたね」


肌にオイルを馴染ませ、濡れた髪の水分を拭き取る。そこまでいけばやっとこの苦行から解放される。


「やっと終わったわね……」

「以前はこうして毎日お手入れをされていたではありませんか」

「あら、毎日しなくても私は美人だもの。必要ないでしょう?」


首を傾げて笑うと、呆れた顔をするアンナは私の前に姿見を設置し、その横には数種類のドレスがかかったハンガーラックが。夜会用ではないドレスはどれも赤や黒ばかりで、生地も刺繍も美しいものではあるのだけれど……。


「赤や黒のドレスだと、性悪感が凄いわね」


どこかの夜会で毒々しいと陰で失笑されていたことに心を痛めたこともあるが、この髪の色に合うドレスを選ぶとなると、その二色が一番よく合うのだから仕方がない。


「赤ではなく、こちらのレースの黒になさいますか?」

「そうね……黒のドレスのほうがまだいいかもしれないわ」

「では、そのドレスに合わせた装飾品をご用意しておきます」


赤いドレスを脱ぎ、黒のドレスへと着替える。

髪は軽く結わかれ、小振りな装飾品を身に着けたあと、片手にオペラグラスを乗せられた。


「……これは?」

「オペラグラスです」

「見れば分かるわ。そうではなくて、どうしてこれを?」

「ヴィオラ様。通路から訓練場を見渡せるとは申しましたが、そこで訓練している騎士達の顔と身体がハッキリと見えなければ意味がありません」

「顔と身体……」

「はい。顔と身体、ついで功績が重要ですので」


力説するアンナから周囲へと視線を動かすと、他の侍女達も力強く頷いている。

オペラグラスを手にコクリと頷けば、アンナからもうひとつ、女性用の装飾が施されたものを差し出された。


「レンフィード様の分です」


アンナが必要だと言うのであれば必要なのだろう。訓練中の騎士の手や腕の細かな動きを観察するのに是非役立ててもらおう。


「さて、準備はこれで終わりよね?」


両親に会う為に宮殿へ向かうときですらこんなに時間を掛けて身支度などしたことがない。

しかも、右手にはオペラグラス。左手には帝国騎士団に所属している騎士の名前と素性が描かれた紙。


「そろそろだと思うのだけれど、時間は……」



――トン、トン。



私室の扉が叩かれ、アンナが扉を開けて対応する。恐らくブラッドが来たのだろう。

姿見で最終確認を済ませ隣室へ移動すれば、窓の側にブラッドが立っていた。


「時間通りね」

「お待たせするわけにはいきませんから」


侍女に部屋の中に通されたブラッドの笑みがぎこちなく、どこか緊張しているように見える。


「もしかして、緊張している?」

「そう見えますか?」

「えぇ。顔が強張っているもの」

「……っ、顔に出ていましたか」


ブラッドに近付き下から顔を覗き込むと、大袈裟に彼がのけぞる。


「緊張はしていますよ。まさか、白亜の皇女宮の中に通されるとは思っていませんでしたから」

「迎えに来ると言っていたのに?」

「門の前で待つと思っていたので。この皇女宮は、特別な場所ですから」

「折角訪れたお友達に、そんな酷いことはしないわ」


そう口にして笑うと、「友達?」とブラッドが驚いた表情で呟く。

言葉にはしていなかったが、もう友達のようなものだと思っていた。彼の顔を見て、もしかしたらそう思っていたのは自分だけだったのではと気付き悲しくなる。


「お友達ではないとしたら、知人くらい……それも、違うの……?」


知人という言葉にも眉を顰めたブラッドに衝撃を受け、思わず違うのかと尋ねてしまった。

これでは強要しているようではないかと片手で目元を覆いながら、慌てて言い訳を口にする。


「違うのよ、ただ、親しくなったつもりでいたから。そう、私が勘違いを……」

「勘違いではありません」


目元を覆っていた手をそっと取られ、ブラッドと目が合う。困ったように微笑む彼に「違うの?」と訊けば、頷かれた。


「すみません、まさかヴィオラ様に友と言われるとは思っていなくて。夜会で話すようになった程度で調子に乗っているのではないかと、少し自己嫌悪していたので」

「それなら、私達はお友達だと思ってもいいのかしら?」

「はい。まだそれで構いません」

「まだ?」

「まだ」


まだという言葉に引っ掛かりはするけれど、いずれは親友にまで発展するということだろうか?取り敢えずお友達という認識は間違っていないらしいのでほっとする。


「そもそも、余程親しくなければここには招かないわ。今迄招いたことがある人は……」

「……」

「貴方だけだわ……」

「……私、だけですか?」

「招くほど親しいお友達も、婚約者もいなかったから」


回帰前、皇女宮に引きこもる少し前、自身の噂を払拭する為に庭園でお茶会を開いたことがある。結局それは失敗したのだけれど、その日まで一度も誰かを招いたことがなかったのを思い出したのだ。

私と同じくまだ婚約者のいないシンシアは、庭園でお茶会を開き、皇女宮に人を招き楽しく過ごしている。だというのに姉でありながらこの体たらく。


「だから貴方が初めてのお客様よ」


でもこれからは、私にはジェマとブラッドがいる。


「そうですか……では、私はヴィオラ様のお友達なので、また招いていただけそうですね」

「次は皇女宮をゆっくり案内してあげるわ」

「それは楽しみですね」


嬉しそうに笑うブラットに心が和む。思惑も打算や下心もなく、こうしてただ楽しく話せる相手ができるとは思ってもいなかった。しかもそれが回帰前に同士であったブラッドだなんて。


「用事があると言っていたけれど」

「はい。ですが、既に用は済ませてきましたので」

「済ませたの?」

「父上の付き添いですから、私は挨拶さえ済ませればあとは必要ないかと。今頃は父と皇帝だけで話が弾んでいると思いますよ」

「お父様は、またレンフィード侯爵を呼び出しているのね」


時間があれば二人で話し、飲み、まるで十代の若者だとお母様が呆れていたことがある。


「それでは、エスコートをさせていただいても?」

「どうぞ」


向けられたブラッドの利き腕にそっと手を添え、ふっと互いに顔を見合わせて笑う。

見慣れた皇女宮の中だというのに、ブラッドと二人で歩くと凄く新鮮で、他愛のない話をしながら門を抜ける。

宮殿へ続く長い道を歩き、庭園へと差し掛かったときだった。


「お姉様……?」


両手で花を抱えたシンシアが、丁度庭園から出て来たところだった。


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