第16話 親しい関係

それからもずっと、出席した夜会では必ずブラッド・レンフィードと遭遇していた。

毎日いくつもの夜会が行われ、突発的に出席した夜会もあるくらいなのに、どの夜会にも必ず彼が居た。もしかしたら全ての夜会に足を運んでいるのでは?と疑うくらいの遭遇率の高さである。


「また一人なのね」

「ヴィオラ様もお一人ですよね?」


恋がしてみたい。

たったそれだけのことなのに思い描いているようにはいかず、パートナーと微笑み合う者達を眺めていたら何処からともなく現れたブラッド。

冗談や嫌味を交えながら彼と親しく話すようになったのは、二人で踊ったあの日から。


「今夜は少し遅れましたが、何もありませんでしたか?」

「……」

「何かあったのですか?」

「大丈夫よ」


比較的友好な家の者達が主催する夜会を選んではいるが、ヒューから紹介された夜会や御爺様の息がかかっている夜会とは雰囲気が異なり、好奇の目を向けてくる者や身の程知らずに面白がって声を掛けてくる令息もいた。

その度にブラッドが現れ、まるで私の護衛かのように振る舞って見せたのだ。

そんなことをすれば噂になるのは当然のことで、私達が躍ったことも広まり、私はあのブラッド・レンフィードを落とし下僕にした性悪皇女と囁かれているらしい。

誰かから聞くより早くブラッド本人が平然とそのような噂があるのだと口にし、よい風除けになっていますよと人の悪い笑みを浮かべるものだから、呆れを通りこし彼の図太さに感心してしまったほど。


「今夜はヒューの知人の家が主催している夜会だから心配する必要はないわ」

「オルコッス家の令息は、確か第一皇子殿下の側近候補でしたね」

「次男のクリスがそうよ。小さな頃から宮殿に遊びにきていたから私も顔見知りではあるわ」

「顔見知りですか……」

「オルコッス家に用があるから、少し離れるわ」

「主催者への挨拶でしたら私もご一緒いたしますが?」

「挨拶とは違うのよ」


向かう先はオルコッス家が集まっているところなのだけれど、そこでクリスの兄を紹介してもらう予定でいるのでブラッドを連れて行くわけにはいかない。


「では、何を?」

「話しても笑わない?」

「ヴィオラ様を笑ったりはしませんよ」


柔らかな声で約束してくれたブラッドに、「実は」とこの夜会に出席した目的を告げた。


「紹介ですか……?」

「私もそろそろよいお相手を見つけなくちゃいけないでしょう?」

「よい、相手……」

「……っ、ブラッド?」


低く冷たくなったブラッドの声に背を震わせれば、それを察したのか「すみません」と謝罪される。何か怒らせるようなことを口にしたのだろうかと考えるも、心当たりがない。


「突然夜会に出席されるようになったのがお相手を探す為だったと。それは、婚約者候補を探しているという解釈でよろしいのでしょうか?」


表情が抜け落ちたブラッドの顔が近付き、思わず「はい」と返事をしていた。


「どのようなお相手をご所望でしょうか?」

「どの……?」

「身分、容姿、人柄は言うまでもなく、あとはどのような条件が必要なのでしょうか?」

「条件と言われても」

「できるだけ詳しくお願いいたします」

「もしかして」

「はい」

「ブラッドも誰か紹介してくれるの?」


もっと親しくなってから頼もうと思っていたので、こんなに早く機会が巡ってきたことに嬉しくなり声を弾ませて尋ねれば、ブラッドの眉間にギュッと皺が寄った。


「紹介……そうですね、紹介ともいえますか」

「ブラッドが紹介してくれるなら心強いわね。でも、まだ自分で探そうと思っているから」

「ご自身で探すとは?」

「強く惹かれ、胸が高鳴るらしいの」

「それは、どういう……?」

「私は恋をしたいのよ」

「恋……?」

「自身の目で見てこの人だと思えるような、そんな人と出会って恋をしてみたいの。確か恋愛結婚というらしいわよ?」

「恋愛結婚……」

「だからもしそのような人が現れなかったら、是非紹介してちょうだい」


異性を遠ざけているブラットにはまだ恋とか愛は早いのかもしれない。

唖然とし言葉を失っているブラッドの肩を軽く叩き、いつか貴方にも分かる日がくると励ましておく。


「それにね、帝国の騎士団にはとても素敵な人が沢山いると教えてもらったのよ」

「待ってください、騎士ですか?」

「えぇ。私も知らなかったのだけれど、真面目で心優しく紳士的な人が多いらしいの」

「へぇ……」

「暫く夜会には出席しない予定だから、明日辺りにでも見学に行ってみるつもりよ」

「騎士団の見学は非公式ではありませんでしたか?」

「そうよ。だから秘密の通路から覗くらしいの」

「それを誰から?」

「侍女よ。彼女達がそこでお目当ての騎士を見つけ、恋人となって結婚すると聞いたわ」

「そうようなことが……」

「もしかしてブラッドも興味が?レンフィード家の騎士団を統率していると言っていたものね」

「え……?」

「帝国の騎士団がどのような訓練をしているのか興味があると思ったのだけれど」

「ぁー、はい。見学できるのであれば是非」

「それならいつか宮殿に来たときに案内できるようにしておくわね」

「いつかではなく明日ご一緒してもよろしいでしょうか?」


聞き間違いだろうかと「ん?」と首を右に傾ければ、ブラッドも「ん?」と首を左に傾ける。


「明日?」

「はい。宮殿に向かう用事がありますので」

「でも時間が」

「合わせます」

「合わせるって、用事は」

「時間の融通は利きますから」

「そうなの……?」

「はい。ですから明日ヴィオラ様を皇女宮までお迎えに上がります」


穏やかな口調で有無を言わせず予定を決めたブラッド。

騎士団を見学できることがそれほど嬉しいのか、まるで幼い頃のヒューみたいだと、ブラッドが大きな弟のように見えてくる。


「分かったわ。明日、皇女宮で待っているから」


何だか可愛らしいと思いながら、明日が楽しみだと微笑んだ。










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