第13話 指南書


舞踏会から本格的に始まった社交。

皇帝と皇子であるヒューは昼夜を置かず謁見や貴族会議と多忙で、皇女であるシンシアは自身の派閥の勢力を広げるべく目を付けている令嬢を招いたお茶会を開き、観劇、夜会とじこちらも負けずと毎日忙しそうにしている。

今回は私も積極的に動く予定ではいるが手あたり次第というわけではない。回帰前のことを踏まえた上で厳選するつもりでいる。

十九のときの私はどうだっただろうか……?と記憶を探ると、確かこの頃は然程親しくもない令嬢達を皇女宮へと招待し、誘われるがまま観劇や朗読会といったものに出向いていた。夜会に関しては、毎年大量に届く招待状の中から害のなさそうな家のものを選んで出席していたと思う。

それに、噂の所為で何処にいても好奇の目に晒されうんざりし、社交活動がお座なりになってきた時期でもある。


でも二度目の私は違う。

ただの上辺だけの知人ではなく、色々と相談できるような同性の友人を作ってみせる。

共通の趣味を持ち話が合う人が望ましく、そういった人を見つけたら笑顔で接することが重要。

友人だけではなく、私の最大の目的である恋人を作ることも忘れてはいけない。

先ずは気軽に話せるほど親しくなり、そこからお互いに意識し始めてから恋にまで発展する。恋人となったあとは逢瀬を重ね婚約へと移行するのだとか。


この友人と恋人の作りかたは、ここ数日読み漁った本に書いてあったこと。

舞踏会での失敗を踏まえ、宮殿に置かれている蔵書館から幾つか本を持ち帰り、睡眠時間を削って調べていた。

かなりの数の本を読んではみたけれど、その中で参考になった本は『おともだちのつくりかた』『言語能力を鍛えよう』『好かれる性格』といったもの。それに加え、恋の指南書と称されている様々な状況、場面、立場を想定した恋愛小説といった完璧な揃えである。

これらの本は全て蔵書館の一番奥の棚にひっそりと並んでいたもの。

自国だけではなく各国の情勢や文化などが書き記された書物、歴史や地理に図鑑と、難しい本が取り揃えられている蔵書館。そのようなところに何故このような本が?と疑問に思い、蔵書館を管理している司書に訊けば、それらはお父様が読んでいたものだと言う。

驚くのと同時にお父様も色々と苦労なさったことを知り、やはり親子なのだと複雑な気持ちではあったが、先達であるお父様が初恋を実らせあれほど素敵な夫婦となったのだから、これらの本を読めば私だってどうにかなるのではと期待が高まる。


なので、心弾ませながらずっと恋愛小説を読んでいたのだけれど……。


「ヴィオラ様。その本に何か問題でもありましたか?」


本から手を離し唸る私を不審に思ったのか、アンナが開かれたままテーブルの上に置かれている小説を覗き込む。でもそこにあるのは当然の如く活字だけ。


「問題……ではあるのでしょうね」

「どの部分でしょうか?」

「初めからよ……。相手の男性と親しくなる為の過程が、私には凄く難しい問題なのよ」

「過程でしょうか?」


本を片手に困った表情を浮かべるアンナに頷き、詳しく説明することにした。

先ず、恋愛小説とはいってもヒロインの立場や環境が私とかけ離れていたら参考にはならない。

例えば平民の少女と騎士であったり、男爵家の令嬢が侯爵家の令息とであったり、これらは、冷遇、貧乏、借金、その他色々とそういった苦難を乗り越え最後は結婚という形で締めくくられる。

私は帝国の皇女で、皇帝と皇子の次に地位が高い。両親からは愛され、お金の心配もなく、その気になれば死ぬまで皇女宮に引き籠れてしまう。

なので、数ある恋愛小説の中からヒロインが皇女か王女、または高位貴族といった私と似通っているものを選んできている。

そこまでは良かったのだと思う。

問題は、ヒロインとヒーローが出会い親しくなる過程だった。

共通の友人がいて紹介され恋に落ちる形や、ヒロインの友人の兄か弟と恋に落ちる形。または、お父様とお母様のように幼馴染といった形から、護衛騎士に恋焦がれるといったものまで……。


「それのどこに問題があるのでしょうか?」

「私には親しい友人がいないのよ」

「……あっ」

「異性の幼馴染もいないし、私の護衛騎士は女性騎士よ」

「確かに……盲点でした」


そこで納得されるのも複雑な気分ではあるが仕方がない。


「他にはなかったのですか?」

「他……あるにはあったのだけれど」


テーブルの端に積み上げられている読み終えた本を見つめ、ふっと溜息を吐く。


「あとは、他国の王子や高位貴族と夜会で出会うといったものがあるわ」

「式典や建国際でしたら他国の王族を招くこともありますが……」

「余程親しくしている国だけよ。王族を招き何かあればこちら側の落ち度となるもの。だから今迄一度も他国の王族が招かれたことは……」


毎年行われる建国際に他国の王族を招待したことはないのに、お祝いの使者として隣国の王太子が訪れたことはあった。回帰前のことなので記憶が今ひとつ曖昧だ。


「お相手が高位貴族でしたら、夜会での出会いは可能なのではありませんか?」

「そうね……」


その高位貴族との出会いの大半が、夜会でのテラスである。

それをポソッと口にすれば、アンナが首を傾げた。


「少し前に、そのようなことがありませんでしたか?」

「あったのよ……」


アンナが言っているのは舞踏会でブラッドと出会った日のことだろう。

あの日は結局、二人で暫くの間テラスで話したあと別々で広間へ戻った。丁度よく舞踏会も終盤に差し掛かっていて、既にお父様とローザ様は退出されたあとだったので、私も舞踏会を後にした。

なので、ブラッドがその後どうしたかは知らない。


「確かに小説と同じようなことが起きたのよ。でもね、相手がブラッド・レンフィードで、この小説のように互いを意識することもなく、次の約束もしていないの」

「何か、こう……何もなかったのですか?」

「相槌だけはしっかり打ってくれたから、会話は続いたわね」

「美しく着飾られたヴィオラ様を前にして、相槌だけですか……流石、ブラッド・レンフィード様ですね」


――恋愛小説なんて嘘ばかりだわ。


開いていた小説を閉じ横に退ける。

あの人が特別恋愛に興味がないだけで、他は違うと思いたいのだけれど……。


「為す術なしだわ」


テーブルに突っ伏して嘆くと、何やら考え込んでいたアンナが「そうですよ!」と声を上げた。


「ブラッド・レンフィード様とご友人になればよろしいのです」

「彼と、友人に……」

「異性を側に寄せ付けないと噂の方が皇女様とはお話されたのですから、何度か夜会で同じようにお話をされたらご友人になれるのではありませんか?」

「彼と友人になってどうするの?」

「知人を紹介していただきましょう。あの方の知人であれば、おかしな方はいないと思いますので」

「でも、ブラッドの知人よ?彼と同じように恋愛に全く興味のない方達ばかりかもしれないわ」

「……それは、難しいですね」


恋をしたいというとても些細な願いの筈なのに、難易度が高すぎる。そもそも恋人を作るのに友人が必要だとは思っていなかったのだから。


「何処かに優しくて真面目で素朴な人はいないのかしら……」

「随分と具体的ですね」

「恋愛小説に脇役として出てくるのよ。私はとても素敵な人だと思うのに、ヒロインには見向きもされないのだから、恋を成就させるのは大変なことなのね」

「ブラッド・レンフィード様のような華やかな方ではなく、そういった方をお望みですか?」

「外見よりも内面が大事よ。あとは安定感や安心感といったものも」

「それでしたら、そのような男性が多く居るところをご紹介いたしましょうか?」


パッと顔を上げると、ニッコリと笑っているアンナと目が合う。

今口にした条件を持つ人が存在していると?しかも沢山いるの?


「真面目で優しく、素朴というよりは着飾ることがないので華やかさにかけはします。身分は貴族ではありますが次男や三男といった方達です。安定した仕事ではありますし、紳士的な方が多いので安心感もあるのではないかと思います」

「そんな人達がどこに……?」

「帝国の騎士団にはそういった方達が多く在籍しております。私の夫がそうなので、間違いないかと」


伯爵令嬢であるアンナの夫が帝国の騎士であることを思い出し、夫を介して騎士と交流のあるアンナがそう言うのであればと思案する。

帝国の騎士団には貴族の次男や三男が多く、稀に厳しい試験を突破した帝国民も在籍している。家を継がないので社交活動を行う必要はなく、舞踏会や夜会に招待されていたとしても仕事や訓練があるので出席が困難であるらしい。


「そんな理想の男性を夜会で見かけない筈よね」

「騎士団の訓練は非公式ではありますが、いつでもお好きなときに見学されることができますよ」

「それは皇女であっても無理よ。訓練場は危ないからと、その近辺には近付かないようお父様に厳しく言われているわ」

「近付かなくても見学はできますよ」


そんなことが可能なのかと尋ねれば、宮殿内に訓練場が見渡せる通路があるとアンナが教えてくれた。

宮殿内で働く侍女達のほとんどが帝国の騎士と結婚するらしく、それを目的として侍女になる者も多いと言う。婚約者も恋人もいない侍女達は休憩時間にその通路に集まり、訓練を眺めながら気になる男性を見つけているらしい。


「凄いわね」

「出会いがありませんからね」


出会いがないのは同じなのに、そうして恋人や婚約者を見つける彼女達は、私より余程優秀な狩人だと項垂れる。


「それも視野に入れておく必要があるわね……」


そう呟き、そっと本から目を逸らした。




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