第14話 再挑戦

前回の失敗を踏まえ、再挑戦するにはここしかないと決めていた夜会。

その夜会はお母様の実家である伯爵家が主催しているもので、私が善であろうが悪であろうが伯爵家が排出した皇后の娘を悪く言う者は一人もいない。

それが上辺だけであったとしても最後まで私に敬意を払った態度を貫くので、他の夜会と比べると安楽でいられるので、毎年この夜会には必ず出席している。


「御爺様はどこに?」


帝都の貴族街にある伯爵家の別宅に時間よりも早く到着し、出迎えに来た顔見知りの執事に主催者である御爺様のもとまで案内してもらう。

お母様も過ごしていたこの別宅は、古くはあるが独特の赴があって私は好きだった。

それなのに、御爺様が亡くなった年にお母様ではなく私が別宅を相続することになり、嬉しさよりも面倒だという気持ちのほうが大きかったことを覚えている。

結局、皇女宮にこもっていた私に管理することはできず他の人の手に渡してしまった。


「お越しになられましたか」


書斎へと案内された私を立ち上がって出迎えてくれた御爺様。手で示された長椅子へと座り、対面に座った御爺様を見つめる。

あのお母様の実父というだけありお年を召されても美しい人ではあるが、常に眉間に皺を寄せ、それでいて寡黙な人なので、怖がられることが多いのだとお母様が笑いながら口にしていたことがあった。


「明日も夜会に出席されると耳にしましたが」

「はい、そのつもりです」


明日だけではなく、明後日も夜会に出席する予定ではいるのだけれど、どうしてそれをご存知なのかとは訊かない。明日と明後日の二日間に出席する夜会は、この伯爵家と関係の深い家のものだから。

夜会では常に神経をとがらせ苦痛しか感じてこなかったので、それを軽減する為に伯爵家と繋がりがある家の夜会を態々選んだ。

恐らくはその家の当主が、私が出席するということを御爺様に伝えたのだろう。


「不備がないよう対応させます」


御爺様は不可解な面持ちではあるが、だからといって何かあったのか?と尋ねるような人ではない。

静かに頷き、たったそれだけを口にすると書斎の奥へと消えて行く。

たった数十分ほどの会話ではあるが、御爺様はこれが通常である。


「では、そろそろ向かいましょうか」


主催者である御爺様が夜会の中盤で顔を出すのが例年のこと。

なので、招待された者達は御爺様が現れるまで完璧に用意された夜会を思い思いに楽しむ。

招待客の年齢層が高く、まばらにいる若い令息や令嬢は祖父や祖母の付き添いという形で出席しているので所在なさげにしている者が多い。

だからこそ好機なのだと二階から広間を見渡し、先ずは軽く挨拶から……と年齢の近そうな令嬢に目を付ける。

今日の夜会の目的は恋人候補ではなく友人候補を探すことだと、そう張り切って一階へと下り令嬢へ近付く。


が、全く上手くいかない……。


声を掛ける前に逃げられ、声を掛けることに成功しても怯えられてしまう。奇跡的に会話が成り立つこともあったのだが、何か裏があるのではないかという怪しむ目に心が折れ、令嬢ではなく私が逃げ出していた。


「それでも、こんな私の姿を見て嘲笑うような人達がいないのが救いよね……」


広間の隅に移動し、ジュースが入ったグラスに口を付ける。

今の時間は御爺様が夜会に現れ挨拶の列ができているので、少しだけ休憩をしようと目立たない位置へと移動してきた。

背中を壁に凭れさせ、疲れた足を摩りながら溜め息を……。


「はあぁっ……」


吐く前に、隣から大きな溜息が聞こえそっと横を向く。



「つまらないわ。帰りたい。これの何が楽しいのかしら?今更どうやって婚約者を探せと?無理よ、無理。ふぅ、あと少しの我慢、我慢……っ、挨拶くらいさっさと済ませなさいよ」


着飾った令嬢がグラスの飲み口を齧りながら呟いている。

私の心の声が漏れ出たのかと一瞬思うほど、最近までの私と同じようなことを口にする令嬢に興味を魅かれ、ジッと見つめていれば、ふいに令嬢が顔を横に向けた。


「……ひ、ひっ、いっ!?」


凄まじい形相で私を凝視する令嬢。

グラスから口は離れたが、その口は閉じられることなく開かれたまま何か悲鳴のような声を漏らしている。


「え、そっ……え!?」


上から下まで何かを確認するように私を見た令嬢が身体をぶるぶる震わせ始めたので、そっと顔を逸らした。


「つまらないわよね」

「……っへ?」

「対面を保つ為に社交はするけれど、私も夜会が楽しいと思ったことがないの」

「あ、はい」


令嬢の上擦った声に苦笑し、広間の中央を見つめながら本音を零す。

まだ成人を迎えたばかりの頃は、舞踏会や夜会が特別なことに感じキラキラと輝いて見えていたのに、年々全てが色褪せて見え苦痛になっていった。


「……」

「……」


優雅で上品な音楽が流れる中、互いに無言のまま時間が流れていく。

令嬢からは呟く声もグラスを齧る音も聞こえず、私は広間の中央で一際目立つブラッドを眺めていた。

そう言えば数年程前からこの夜会で彼を見かけるようになった……と凄くどうでも良いことを考えていたら、静かだった隣から「あっ!」と声が上がった。


「ジェマ・オトクスと申します。皇女殿下におかれてはご機嫌麗しっ……麗しゅう、ですか?ございますか?え、待って、頭が真っ白で。お初におめにかかりますからよね?え、先に言ったかしら?」

「……っふ、ふふ」


何事かと視線を向ける前に私の目の前に立ち、ガバッと頭を下げた令嬢が一気に捲し立てる。驚く私を余所に、令嬢は自分の言葉が正しいかどうかの思案を始めてしまう。

頭を下げたまま首を傾げるという妙な体勢を見せられた私は、それがおかしくて思わず笑ってしまった。


「ヴィオラ・ティンバーンよ。ジェマと呼んでも良いかしら?」


笑った所為でビクッと肩を揺らしたジェマに優しく声を掛ければ、恐る恐る顔を上げた彼女と目が合う。相変わらず凄い顔で私を見ているが、そんなに怖いのかしら……?


「はい、勿論でございます」

「まさかそんなに怖がられるとは思わなかったわ。まぁ、私は色々な意味で有名だから仕方がないのだけれど」

「そうですね……あっ」

「構わないわよ」

「すみません。でも、私も同じくらい色々な意味で有名ですから」

「そうだったわね……」


ジェマ・オトクスと言えば一時期社交界で噂になった令嬢だ。

私より歳が二つ上のジェマは三度の婚約破棄を自ら行った令嬢で、現在は婚約もせず領地にこもっていると聞く。詳しい理由は分からないけれど、一度の婚約破棄でも醜聞になると言われる貴族社会で彼女はそれを三度も行った。


「領地から出ないと聞いていたのだけれど」

「本当は領地から出たくはないのですが、社交シーズンは無理矢理帝都に連れて来られるのです。母が煩いので、こうして害のなさそうな夜会にだけ顔は出しています」

「そうだったの」

「第一皇女殿下は」

「長いから、ヴィオラでいいわよ?」

「……では、ヴィオラ様はどうしてこのような隅に?」

「少し疲れてしまって……」

「あぁ、先程から何かよく分からない行動をなさっていましたものね」

「話し掛けただけよ?」

「あの噂のヴィオラ様に話し掛けられて、まともな対応ができる令嬢はいないと思いますよ?」

「それは……でも、ジェマとはこうして会話ができているじゃない」

「……」

「今更遅いわよ。どうせまともじゃない者同士なのだから」

「そうでした」


ジェマの小気味の好い返答が楽しくて、だからそっと深呼吸したあと、勇気を出して口を開いた。


「見かけたら、またこうして話し掛けても良いかしら……?」

「……」

「その顔はやめなさい。とてもじゃないけれど人に見せられるようなものではないわよ」

「すみません、その、凄く驚いたというか、今以上に目立つから嫌だという気持ちが……っ」

「貴方のそれは態とじゃないわよね?」

「思ったことをすぐ口にするので、なるべく黙っているようにと母から言われています」

「機嫌を取ろうと心にもないことを口にする人よりはいいわ」

「……そうですか?」

「そうよ」

「それと、先程のことですが」

「ん……?」

「夜会にはあまり出ませんが、もし見かけたら話し掛けてください。どうせ一人で居ても何かしら中傷は受けていますので」

「二人で居たら凄そうよね」

「そうですね」


ふっと微笑んだジェマを見て、ギュッと拳を握った両手を胸元あたりに掲げる。

隣から「同じ匂いを感じるのですよね……」と恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、そんなことはどうでも良いと、夜会が終わるまでずっとジェマと話をしていた。






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