第11話 真相


帝都の一画、貴族街と称された貴族の別宅が集まっている場所には、数ある屋敷の中でも一際目立つ大きな屋敷がある。

その屋敷を囲む重厚な造りの塀や立派な門を潜ると、屋敷まで続く長い道の左右にはいくつものバラの木が植えられ、外から見える高尚な趣とは違い、一歩中に入れば夢想的なものとなっていた。

春にしか咲かない品種であるバラは社交シーズンが始まる時季に咲き誇り、屋敷までの道を彩っている。それを馬車の中から眺めながらゆっくりと屋敷へ向かえば、出迎えるのは長い歴史を持つ屋敷。

だが二階建てのその屋敷も外観とは違い、中に入ると想像とは真逆な空間となっている。

玄関はオフホワイトとベージュを基礎とした可愛らしい内装だが、屋敷の二階にある主室と、一階にある客室は更に手がかけられたそれぞれ異なる内装となっており、それに合わせた調度品も特注品という徹底した拘りがある。

帝都に停留することが多い侯爵に付き添う夫人が快適に過ごせるようにと、これら全てを夫人が手掛けており、彼女の趣向がふんだんに詰められた理想の屋敷となった。


その別宅へと、舞踏会が行われていた宮殿から馬車で戻ってきたブラッド・レンフィード。

彼は普段領地で当主代理として動き、侯爵家が抱える騎士団を統率している。執務の合間に訓練に参加し、休日は本を読むか邸宅の庭で横になっていることが多い。

華やかな容姿からは想像できないほどの地味な生活。

だからか、着飾っている自身の姿には違和感しかなく、綺麗に整えられた髪は煩わしさしか感じない。

当主である父親が帝都に停留しているのだから、息子であるブラッドが社交シーズンの初めから終わりまでいる必要はなく、舞踏会さえ出席していれば構わない筈なのだ。

だが、ブラッドはどんなに面倒でも社交シーズンの時期は必ず帝都で過ごしている。

舞踏会だけではなく、様々な夜会にも意欲的に出席していたりするのだが、それらは全てとある目的の為。


馬車の窓を開ければバラの香りが鼻をつき、疲れた身体で帰れば可愛らしい屋敷がお出迎えする。小柄で愛くるしい侯爵夫人であればとても似合っているものが、大柄で冷たい雰囲気を纏う侯爵とその息子はその空間に溶け込めていない。


何度訪れても慣れないものだとブラッドは盛大に眉を顰めるが、舞踏会でのことを思い出し、ふとコレも話題として使えるのではないかと思い至る。


馬車から降り屋敷へと入ったブラッドは何やら難しい顔をし、話し掛けている執事にも気付かず足早に二階へと上がっていく。横に並びぶつぶつと何か呟くブラッドを窺った執事は、驚き思わず足を止めてしまった。


「……見間違いだろうか?」


あんなにお顔を真っ赤にしているのは初めて見たと首を傾げた執事は、用意させていた食事を中断し、軽食を準備するよう指示を出しに走った。



※※



――ズッ、ズズズッ……。


部屋の扉を勢いよく閉め、一歩も進めずその場で力尽きたかのように崩れ落ちた。片手で顔を覆いながら項垂れる姿は、奇しくもテラスに居た第一皇女と同じ体勢だろう。


「……ふっ、はっ」


鼓動が激しく心臓が痛い。

あの奇跡のような時間を思い出すだけで、呼吸すら上手くできなくなる。


「は……、はは、みっともないな……」


広間の何処にいても目に留まる鮮やかな赤い髪、冴え冴えとした青い瞳。

結い上げられず下ろされていた長い髪が広間を舞い、普段とは明らかに違った装いは白い肌を際立たせていた。


そもそも第一皇女を気に掛けるようになったのはいつからだっただろうか……。

記憶にある限り、発端は一枚の絵画だったように思う。

侯爵である父に手を引かれ初めて宮殿を訪れた日、皇帝が自慢して見せてきたのが家族の肖像画だった。

子供でも知るほど美しいと評判だった皇后の隣に座らされていた少女。

皇帝と同じ色彩を纏いながら、皇后と似た容姿を持つ、とても愛らしい第一皇女。

彼女の絵に目を奪われはしたが、年齢も違い、身分も環境も全てが異なるのだから、月日が経ち顔すら思い出せなくなっていた。


けれど、三年ほど前から本格的に侯爵家の仕事を任されることになり、社交シーズンが始まる前に再び父と皇帝の元を訪れた。

皇帝への謁見は直ぐに終わり、父を置いて先に部屋を出る。社交シーズンが始まるが然程重要視はしておらず、別宅に寄ったあと領地へ戻る予定でいた。

用のない帝都に退屈なだけの社交。父が帝都に停留していなかったらと想像するだけで寒気がするほど。


けれど、そんな考えや自分そのものが、一人の女性によって塗り替えられることになった。


宮殿内を歩きながら視界の端に捉えた、目に焼きつくほどの赤。

小さな庭を挟んだ向かい側には皇后の私室があり、その私室へ繋がる通路に立つ美しい女性。視界に入ってきた赤は彼女の髪の色だったのかと気付き、同時に彼女が誰なのかを知る。

帝国で赤い髪を持つのは現皇帝とその娘である第一皇女だけ。

絵画に描かれていた幼い少女が、女神のような風貌となり現れた。

通路で侍女と何かを話している第一皇女に意識を奪われはしたが頭の中は冷静で、領地にいても聞こえてくる性悪皇女の噂を思い出し熱が冷めていく。

あれでは男を惑わすのも簡単だろうと失笑し、その他の者達と同じように彼女を噂どおりの人だと決めつけ背を向けたときだった。


『婚約者なんて必要ないわ……!』


反対側にまで聞こえるほど大きな声で叫ぶ皇女に呆れていた俺は、彼女が再び叫んだ内容に足を止め振り返っていた。


『あの噂を真実だと思っている人がどれほどいると?否定するのも嫌になるくらい広まっているのよ。皆、何も知らないくせに』


涙を零し、肩を震わせながら悲痛な声を上げる皇女。

我儘で傲慢だという噂が嘘のように、侍女に縋り付き泣いている。


『婚約者だなんて、私のことを知りもしない人と結婚なんてできないわ。誰のことも信じられないもの』


侍女に肩を抱かれ連れていかれる皇女を唖然と眺めていた。

今迄第一皇女の噂が真実かどうかなど考えたことはなく、寧ろそうなのだろうと信じていた。今も足を止めあの光景を目にしていなければ、噂どおりの性悪皇女だと決めつけていただろう。


その日からだった。

第一皇女が気に掛かり、領地に戻らず社交シーズン中はずっと帝都に居た。

皇女が出席しそうな夜会や観劇、その他の諸々を父に頼み込んで調べてもらい、そこに出席してはずっと皇女を見つめてきた。

親しいごくわずかな人間しか側に寄せず、下心を持って近付く男は全て冷たくあしらう。

何処に居てもあまり楽しそうには見えず、それどころか人の目を気にして怯えているようにも見えた。

そんな姿を何年も見ていたからか、次第に自分が守ってあげたいという感情が芽生えた。

男が嫌いだというよりは人が嫌いなのではないか?と気付いたのはごく最近。

だから今夜の舞踏会でも人知れず見守り、二階へ上がった皇女を追い、無防備にテラスへ一人出た彼女を守る為に知人をつかって人を遠ざけた。


そして意を決し、テラスへと足を踏み入れた。




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