第8話 作戦が必要でした

皇帝の挨拶から始まった舞踏会。

広間の壇上には皇帝であるお父様と皇后の代理を務めるローザ様。その二人から一歩下がった位置に皇子であるヒューと婚約者のエレン嬢。そして皇女である私とシンシア。

グラスを高く上げたお父様と同時に楽団が序章曲を奏でだす。

それが合図となり、皇族は皆壇上の下へと移動する。


午前中既に貴族会議が行われ、皇帝と各領地を治めている当主の顔合わせは済ませている為、舞踏会での皇帝への挨拶は省略され、あとはもう楽しむだけ。


広間の中央でお父様と向かい合うローザ様は、側室でありながらも実家である伯爵家の当主を務めている女性である。跡継ぎがローザ様しか居らず、本来は婿養子を貰う予定だったが、お父様が提示した領地への資金提供が魅力的だったのだと本人が教えてくれた。

そんなローザ様はドレスではなく、短い丈の上着にズボンといった男性的な恰好を好んでしている。女性が当主だからと舐められるわけにはいかないのだとカラッと笑うローザ様は、とても素敵で私の憧れの人でもある。


お父様とローザ様が踊る横では、ヒューとエレン嬢が互いをジッと見つめながら顔を赤くして踊り、見ているこちらが恥ずかしくなるほど。この二人は子供が生まれたあともこのように初々しく、仲睦まじい夫婦だった。


皇族のダンスが終わればあとは各々好きにパートナーと踊りだす。

婚約者がいない若い令息や令嬢は親しくしている者達と合流し、音楽に耳を傾けながら談笑するのが通常である。

それは婚約者のいない皇女も例外ではなく、シンシアの元にも取り巻きの令嬢や令息が集まり楽しげに談笑しているが、そこに居るのは上級貴族だけ。シンシアは身分問わず親しくすると言われてはいるが、こういった場で下級貴族と一緒に居るところなど見たことがない。

けれど、シンシアの周りには常に人が溢れていることは確かで……。

あの子に対して、自身の側にいるのは僅か三名の令嬢だけ。しかもその三名は、回帰前に夜会で私の悪い噂を口にしていた子達だ。


私は社交の場では一人で居ることを好んでいた。

一人でいれば余計な噂が立つこともなく、煩わしい者がいればその場から離れれば済むことだから。でもやはり一人は寂しかったのか、第一皇女の側にいれば何か恩恵や楽しいことがあるのではという思惑を持った令嬢達が、私と親しいというような顔をして側にいることを容認していた。

それに彼女達はいずれも伯爵家の令嬢で、シンシアの取り巻きや私の噂を信じて近付いてきた令息を勝手に撃退するから楽でもあったのだ。


でも今思えば、心がガリガリと削られ疲弊していたからといって、信頼できない人を側に置くべきではない。経験が足りていないから、それが正しいことなのかも分からなかった。


そう一人達観し、三人の令嬢から離れ広間の隅へと足を向けたのだ。


舞踏会や夜会では壇上に近い場所ほど上級貴族が寄集り、そこから離れた扉付近や広間の隅には男爵や子爵家の者達が集まっている。




「普段話すことのない令嬢達と話してみたかっただけなのに……」


夜空に向かって愚痴を零してみたがこの状況が変わることはない。

結局、私の初の試みは失敗したのだから。




広間の隅には予想通り食事を片手に談笑している令嬢達が居た。

近付き先ずは挨拶からだと声を掛けようとした瞬間、私に気付いた令嬢達はビクッと肩を揺らし、視線を彷徨わせたあと素早くその場から居なくなってしまった。

中途半端に開いた口を閉じ、直ぐに気持ちを切り替え次の標的へと移る。

クルッと振り返り、料理が置かれている丸テーブルを囲みながら談笑する令嬢の背後に立ち、気付かれる前に「良いかしら?」と声を掛けた。

たったそれだけ。その一言は足掛かりの挨拶のようなものだった。

それなのに、振り返った令嬢は「ヒッ……!」と小さく悲鳴を上げ、その令嬢と一緒に居た令息は顔を真っ青にする。


――あぁ、これは駄目だわ。


そう直観し、固まったままの令嬢達に無言で背を向けた。

流石に心が折れそうになり、次の標的へ移る前に休憩を取ることにした。足取り重くいつもの定位置へと戻り給仕からグラスを受け取ろうと横を向くと、こちらをジッと見つめるシンシアが……。

いつから見ていたのか、シンシアは私に向かってふりふりと手を振ったあと自身の口元を指差し、ゆっくりと唇を動かした。


『可哀想なお姉様』


そのときの私の気持ちをどう表現すれば良いのか。

広間の二階へ続く階段を上り、そのまま足早に奥へと進み、大きな窓からテラスへと出て現在に至る。


「あぁ、もうっ、癪に障るわね……!」


ベシベシと固い床を手のひらで叩きモヤモヤした気持ちを吐き出す。

どこから見られていたのか、


「悲鳴を上げられるとは思わなかったわ」


全てあの噂が悪い。

実の妹であるシンシアや宮殿内の侍女を甚振ると噂の皇女に声を掛けられたら、目をつけられたのではと怯えてしまうのかもしれない。

もっと何か作戦を考えておくべきだった。

初日から大失敗だったと項垂れ、でも他にどうしろと?と勢いよく夜空を見上げる。

皇女として社交活動は行ってきたので、派閥関係の者や上辺だけの付き合いをしている令嬢はいる。でも彼女達は婚約者や夫がいるので、パートナーと共にいることが求められる舞踏会や夜会では挨拶を交わす程度。

この年齢まで親しい友も作れず、親しくなる術もしらない。


「どうしたらいいのかしら」


これでは婚約はおろか、好きな人すら見つけられない可能性が高い。

もうお父様に任せるしかないのでは?と諦めかけていたとき、背後で窓が開く音がした。


――コツ、コツ……。


石の床に響く靴音が耳に入り、座り込んだまま後ろを振り返る。


「……男の、人?」


窓から漏れる広間の光を背に、暗いテラスに立つ一人の男性。

テラスの奥に居る私に気付いていないのか、窓を閉めたあと周囲を軽く見回した男性はそのまま奥へと足を進めるが、数歩進んだ先で視線を下げ、パチッと私と目が合い息を呑んで動きを止めてしまう。


金の髪に、宝石のような紫の瞳。そして誰もが見惚れるほどの美しい容姿。

窓を閉めていた彼の横顔をしっかりと見たから間違いない。


「ブラッド・レンフィード……?」


名前を口にすれば、私を見つめている彼の瞳が大きく見開いた。





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