第6話 狩人になるとき

春先から初夏まで行われる社交活動。

この時期になるとほぼ全ての貴族が領地から帝都の別宅へと移動する。当主は貴族会議や領地運営報告、商談といったことを、当主の家族は朝からお茶会、観劇、美術展、夜会と渡り歩き社交に勤しむ。

その為、社交活動には膨大な資金が必要であり、資金に余裕がなく帝都に別宅を持てない貴族は、帝都へは貸し馬車を使い、期間中は親しくしている貴族の家に滞在する者が多い。

その期間が終われば皆一斉に領地へと戻り、秋に始まる各領地での狩猟会の準備に入る。これは隣接している領地との親睦が目的となるので、密接な関係にある家だけが招待されている。


「ヴィオラ様の入浴が終わりました」

「では、先に化粧をするのでガウンを羽織ったままこちらにお連れしなさい」


ここ数日は帝都内を馬車が行き交い、外から中へ入ってくる者達の検査が一段と厳しくおこなわれていた。帝都が賑わう代わりに、普段はいない貴族が増えるので警備する騎士を増やし、厳重に取り締まっている。現皇帝は貴族であっても厳しい処罰を与えると有名なので帝都内は常に平和である。


「普段よりも色を抑えてみましょうか」

「では、口紅の色はこちらに変えてみます」


そして、社交シーズンの初日の今日は、宮殿内で舞踏会が行われる。

舞踏会での皇帝の言葉によって社交シーズンが始まり、この舞踏会で社交の華と称される皇女や高位貴族の令嬢が着たドレスのデザインや化粧がこの年の帝国での流行とされる。


――だからこそ、今日の侍女達の意気込みが凄まじい。


「いつもより、凄いわね……」


姿見に映る自身の顔を見て、思わずそんな感想が零れた。

去年まではまた億劫な社交活動が始まるとうんざりし、必要以上に着飾ることを拒否していたのだが、今年は違う。獲物を狙う狩人のような心持で向かうのだとアンナに伝えれば、驚くほど感謝されてしまった。

侍女達が「毎年最低限の姿で送り出さなくてはならなかった……!」と内心で地団太を踏んでいたらしく、今年は目に物見せ噂を払拭してみせるのだと高らかに宣言していた。


「元の素材がよろしいので、透明感のある清らかな雰囲気にしてみました」


顔を左右に向け感心する私に、化粧担当の侍女が晴れやかな笑顔でそう口にしたあと、髪結い担当の侍女が「次は私の番です」と拳を握る。

楽しそうでなりよりだと好きにさせ、アンナが並べたドレスに目を向けた。


「数ヵ月前に作らせたものだから、派手なものが多いわね……」

「今から新しく作らせても、出来上がるのは来年の春先ですので、今年はこれで我慢されるしかありません」

「そうよね……既製品を着るわけにもいかないし、お母様のドレスを直すにしても私には似合わないから」


並べているドレスは去年から作らせていたもの。自身でデザインや色を選ばず、服飾師には「私に似合うもの」という指示しか出していなかったのでほぼ全てのドレスが派手である。

仕方がなく宝飾品や髪飾りの派手さを抑えることにし、いくつかの商家を皇女宮へ呼び吟味したのだけれど……。


「どうかしら……少しは悪目立ちしなくなったわよね?」


くせのない真っ直ぐな赤い髪は、巻くことも結い上げることもせずおろして横に髪飾りを。淡い青い色のマーメイドドレスは背中が開いてはいるが下品な感じはしない。ロンググローブはドレスに合わせてレースのものにした。


「とてもよくお似合いですよ」


振り返った先にいるアンナを窺えば、笑顔で肯定する言葉が返ってくる。彼女の後ろでは侍女達も首をぶんぶん縦に振り同意を示してくれた。


「着たことのない色だったからどうかと思ったけれど、これはこれで良いわね」

「肌が白いので、こういった色のドレスもお似合いになると言っていたではありませんか」

「あら、そうだったかしら?」

「またお惚けになって……」


ピンクや黄色といった愛らしい色やデザインのドレスはシンシアが着ていることが多く、淡い色のあまり肌を見せない清楚なドレスはお母様が着ている。

だからか必然的に私はこの髪に合う赤や黒の大胆なデザインのドレスを選んでいた。


「皇后様にとても似てお美しいお顔立ちなのですから、どのような色のドレスでもお似合いになる筈です」

「それは分かっているのよ?でもこのお父様を連想させる赤い髪と、女性にしては高い背丈に大きな胸の所為で、清楚とはほど遠い印象を持たれているでしょう?」

「ですから肌を見せないよう再三言っていたではありませんか」

「だって、肩幅があるから隠すと太って見えるのよ」


姿見の前でクルッと回ったあと「よし」と微笑む。

今夜の舞踏会は今迄とは違う新しい皇女としての第一歩となる。

話し掛けてくる男性達を初めから目や言動で威嚇せず、彼等の良い部分を見つけられるよう会話を頑張らなくては。


「下品ではないけれど、派手さはあまり抑えられていない気がするわね……」

「ヴィオラ様は存在そのものが派手なお方なので」

「存在が……?」

「はい」


それはどうすれば良いのかとガクリと肩を落とし、椅子に座らされ最後の仕上げに入った。

帝都に来る貴族達の目的は、会議や商談、社交活動だけではない。

年頃の娘がいる家は舞踏会や夜会で帝国の第一皇子に見初められ側室となる夢を、息子がいる家はまだ婚約をしていない皇女二人の婚約者になる夢を見て帝都へとやってくる。


「あとは私の頑張り次第ね」


私という為人を見てくれる人が必ず居る筈だと、そう期待して舞踏会へ向かった、のだが。





「……」


たいした時間も経っていないというのに、私はテラスに一人、両手で頭を抱え蹲っていた。




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