第5話 弟と補佐官

『婚約者候補は探しておく』


お父様からやっと取った言質。

国内の婚約者がいない適齢期の令息がいる貴族というだけでも候補が狭まるのに、帝国の皇女を嫁がせることが可能な家となるとまた更に選ぶのが困難になる。

しかも私は十九という貴族社会では婚期を逃してしている年齢。皇女という価値がなければ高位貴族からはあまり歓迎されない婚姻相手だろう。

けれど、お父様に頼んだ婚約者候補探しは奥の手であって、本命は自身で相手を見つけること。あと数日もすれば本格的に社交シーズンが始まるので、夜会だけではなく、シンシアと顔を合わせるのが嫌で今迄避けていた、狩猟会や音楽鑑賞会といったものにも積極的に出席しようと考えている。


中々順調な滑り出しだわ……とほくそ笑みながら、皇女宮へ戻ったら夜会への招待状を吟味しなくてはと意気込みつつ宮殿内を歩けば、前から歩いて来る人物に気付いてその場で足を止めた。


「ヒュー」


お父様の補佐官と話ながら通路を歩いていた弟の愛称を口にすれば、私に気付いたヒューバートがパッと表情を明るくし駆け寄って来る。シンシアとは違い本当に嬉しそうな顔をするのだから、こちらも嬉しくなってしまう。


「お姉様、どうしてこちらに……!?」

「走ったらマナーが悪いとアンナに叱られるわよ?」

「あっ、でも、お姉様が」

「久しぶりね?私は顔が見られて嬉しいのだけれど、ヒューは違うのかしら?」

「いえ、違うんです、お姉様に来てほしくないといったことではなくて、ただどうしてって」


ヒューが表情を曇らせ必死に弁解するのは、私とシンシアの仲が悪い所為だろう。


「大丈夫よ。分かっているから落ち着きなさい」


お父様の政務を手伝い始めたヒューは、次代の跡継ぎとして皇子宮ではなく宮殿内の一角に部屋を移動した。住居が離れただけでなく忙しさもあって会う機会が減り、顔を見て話すのはいつぶりだろうか。


「あの、お姉様?」

「まだ幼いわね……」

「いえ、もう十七なのですが……?」


歳を重ねそれなりに貫禄があったヒューを知っているからか、今のヒューが幼く可愛らしく見えてしまう。見上げなくてはならないほど成長した弟に対してそう思うのはどうかと思うが、可愛いものは可愛いのだから、ヒューの頭を撫でる私は悪くない。


「貴方、これ以上まだ大きくなるのよ?」

「大きく……?」


凛とした姿はローザ様にとてもよく似ていて、ブラウンの短い髪は柔らかく手触りが良い。頭を撫でられ困惑しているヒューを笑ったあと、弟の隣に立っている男性へと顔を向けた。


「お久しぶりでございます、第一皇女様」


お父様の補佐官のクロイ・スペンス。

クロイの実家であるスペンスは伯爵家であるが、レンフィードと同じく忠誠心が高いことで知られ、外ではなく内で帝国を支えている柱だ。


「久しぶりね。クロイが直々に指導しているのだから、ヒューはとても優秀なのね」

「はい。とても優秀な方です」


皇女方とは違って、と聞こえるのは気の所為ではない筈。

お父様の親友でもあるクロイは、他の貴族とは違って皇子や皇女だからといって媚び諂うこともなく、愛想笑いすらしない。常日頃から「頭の悪い人間は嫌いです」と口にしているだけあり、愚かな者に対しては酷く冷淡な接し方をする。

その彼の愚かな者リストの中には私と何故かシンシアも入っているらしく、会えばチクチクと嫌味を言われるか無言で冷たい目を向けられていたので、私はクロイがシンシアの次に嫌いな人だった。


「良かったわね、ヒュー。クロイに褒められたら怖いものなんてないわよ」


でも今は違う。

クロイは皇女宮に閉じこもった私の元へ何度も足を運び、何故噂を否定しないのか、悪いことをしていないのに隠れる必要などないと、扉の外から根気よく語り掛けてきた。

あの頃はお父様ですら為す術なく傍観するしかなかったというのに、クロイはしつこいくらい私を外へ出そうと必死だった。


「何よ、二人共その顔は。おかしなことでも言ったかしら?」

「また何かあったのですか?」


息子が三人いたクロイは娘もほしかったらしく、親友の娘である皇女達を自身の娘のように思っていたのだと、彼が亡くなってから聞いた。

眉間に皺を寄せ低い声で私に尋ねるクロイを違った角度から見れば、彼が私を心配しているのだと分かる。


「何もないわ」

「そのようには思えませんが」


お父様は娘を溺愛し全てにおいて先回りして甘やかす人だが、クロイは大切だからこそ厳しく育て自身の足で生きていけるようにする人なのだろう。

そう気付けば、冷たく怖い人だと嫌っていたクロイを生暖かい目で見られるのだから凄い。


「では、宮殿へはどのようなご用件で?」

「クロイ、それではまるで不審者に対する尋問よ?」

「……」


眉間に寄っている皺がさらにギュッとなったクロイに肩を竦めたあと、二人に向かって宮殿へ来た用件を口にした。


「お父様に婚約者を探していただくことにしたの」

「婚約者とは……?」

「そのままよ。驚いているところ悪いのだけれど、ヒューにも協力してほしいの」

「それは、構いませんが……お姉様が婚約者を……?」


既に伯爵家の令嬢との婚約が決まっているヒュー。将来の基盤を固める為に早い段階から貴族の令息達と交流を持ち、優秀な者に目をつけている筈。


「そこまで驚かなくても……」

「だって、お姉様は結婚を嫌がっていませんでしたか?」

「あの噂の所為で色々とあったから。でも、いつまでも避けているわけにはいかないでしょう?」

「あぁ……それでお父様に?」

「お父様に頼んだのは、私が自分で結婚相手を見つけられなかったときのためによ」

「では私が協力するというのは?」

「そろそろ本格的に社交シーズンが始まるから招待状が届くでしょう?いつもは親しくしている者達が開く夜会のみを選んで出席していたのだけれど、同じことをしていては結婚相手が見つけられないと思うのよ」

「そうですね……他の夜会や催し物に出席してみるのも良いと思います」

「どこかヒューがお勧めする夜会や催し物はないかしら?貴方が勧めるところなら安心して出席できると思うの」

「でしたら、私の知人や友が開くものをあとで選別してお教えしますが……その、そこには恐らくシンシアも」

「そうよね……」


今朝の庭園でのことを思い出し失笑する。

別に咎めたわけでも文句を言ったわけでもないのに、私に怯える素振りを見せ謝罪を口にした。回帰前も同じようなことが多々あり、私がシンシアを虐げているという噂が真実として広がっていた。

それに、噂を流した者達をお父様が処罰したとき、処罰されたほとんどの家の者がシンシアと親しくている者達だったのだ。


――あの子のアレは、恐らく態となのだろう。



「それでも適当な夜会を選ぶよりはいいわ。夜会に出ると変な男性が寄ってきて本当に大変なのよ」

「……もしよろしければ、私もいくつか見繕っておきますが?」


底意地の悪い妹が出席しているからといって、数少ないまともな男性が居る夜会に出ないわけにはいかない。本当に困っているのだと口にすれば、私とヒューの会話を黙って聞いていたクロイが口を挟んだ。


「貴方が選んでくれるなら、それは嬉しいのだけれど……」

「でしたら選別したものを後程皇女宮の侍女頭に渡しておきます」


ツンとすました顔でそう口にしたクロイ。ヒューと顔を見合わせ、ふっと吹き出す。


「クロイは素直じゃないよね。分かりにくいし」

「そうよね、顔が怖すぎて分かりにくいのよ」

「……は?」

「きっともう頭の中で選別を始めているんじゃないかな、過保護だから」

「まぁ、クロイのこともお父様と呼んだほうがいいかしら?」

「……っ」


ヒューと笑い合いながら揶揄えば、口をわなわなさせ固まるという珍しいクロイが見れ、ご機嫌で宮殿を後にした。





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