第4話 私と同じ
「では、ヴィオラを皇帝にしたあと婿養子をとるか」
「お父様、皇位を継ぐのはヒューバートです」
侍従や侍女が聞いているというのに何てことを口にするのかと訂正すれば、お父様は肩を落とし「駄目か」と笑う。本気ではないと分かってはいても、時折とんでもないことを仕出かすので前以て注意しておかなくては怖い。
「良い案だと思ったんだが」
「女性である私が皇位を継げば、よからぬことを企む者が現れ国を危うくします」
「賢い娘だ。流石私とフィリスの娘だな!」
「さようでございますね」
お父様は相槌を打つ侍従に向かって楽しそうに「フィリスも昔から賢い女性だった」と愛する妻のことを語り始めてしまう。こうなったら長くなるのでお母様に助けを求めれば、どこか呆れて見ていたお母様がお父様の袖をそっと引っ張った。
「以前ヴィオラに選んでいた婚約者候補の方達はどうなっていますか?」
「何人か選んではおいたが、大事な娘を預けられる者など……」
ふと言葉を切ったお父様が私をジッと見つめたまま何度か軽く頷く。
「一人いるが……ブラッド・レンフィードはどうだ?レンフィード侯爵家の跡継ぎだ」
レンフィード侯爵家と言えば、忠誠心が高く、有事の際には最前線に立ち、災害が起これば率先して資金や物資提供する帝国の柱。現侯爵は皇帝から厚い信頼を寄せられていて、貴族会議でも重要な立場にあると聞いている。
その侯爵家の次代の跡継ぎがブラッド・レンフィード。
侯爵家にある騎士団を率いているだけあり、社交活動に勤しむ貴族の令息よりも体格がよい。それに加え背丈が高く、彼の纏う空気が異常に冷たいので人を委縮させると有名な人なのに、令嬢達がこぞって狙っている婚約者候補なので彼を知らない者はいない。
「歳はヴィオラより二つ上だが、まだ婚約者は居らず、そういった話すらないと侯爵が愚痴を零していたくらいだ」
お父様が最も信頼している家の令息であり、婚約者や恋人のいない年上の男性。女性関係の噂もなく、高位貴族の令息にしては珍しい清廉な人。
これ以上ない候補者ではあるのだけれど、舞踏会や夜会で見かけても一言も話したことがないので、性格といった内面の部分が全く分からない。
彼について知っている部分と言えば、絹のような滑らかな金の髪に侯爵家特有の美しい紫の瞳。それと完璧な顔の造形を持つ美男子だということ。
それなのに社交の場では一人か同性の友と居ることが多く、女性を一切寄せつけない。親しくなろうと令嬢達が積極的に話し掛けても、冷たく見据えられ無言で追い払われる。
乱暴ではないが、視線ひとつで人を遠ざけるのだからどれほど恐ろしいのかと噂になってもよいのだろうに、ブラッド・レンフィードならそれも魅力のひとつだと褒め称えられるのだから羨ましい。
同じようなことを私がしたら、性悪皇女といった不名誉な呼び方をされるというのに……。
「彼のことはあまりよく知らないのですが……とても目立つ方ではありますよね」
「何度か侯爵に連れられて来たときに会ったことがあるが、誠実そうな男だぞ?」
回帰する前、ブラッド・レンフィードとは出席する夜会が重なることが多かった。彼も私も目立つほうなので夜会では何度か目が合い、その度に必ず小さく会釈する彼に感心したのを覚えている。
それに一度だけ、夜会で私の悪い噂を口にしていた者達を咎めている姿も目にしたことがあった。
「彼は難しいのではありませんか?以前の私のように、結婚を拒否しているように思えるのですが」
「だろうな……」
ブラッド・レンフィードもまた、私と同じく独り身を貫いた人だ。
侯爵家の跡継ぎをどこからか連れてきた養子に譲ったことで、その子が彼の隠し子ではないかと騒がれたことがあった。
私はその頃から既に社交の場から離れ始めていたのであまりよく知らないが、彼が結婚したという話を聞かなかったので独り身なのは間違いないと思う。
「だが、侯爵家が皇女との婚約を拒否することはないと思うぞ」
「結婚相手としてはとても理想的な方ではありますが、無理矢理な結婚は私が望む形ではありませんので」
「理想?」
「噂に惑わされず、私という為人を知り、信じ、慈しみ、愛してくれる……そう、お父様とお母様のような関係が理想ですわね。ですから、お父様のような男性を探していただきたいと思っています」
両親を見つめながらそう口にすると、真顔だったお父様の頬がゆるゆると緩み、それを隠すように片手で顔を覆ってしまった。
「俺のような男か、そうか……」
とても嬉しそうで何よりだと、お母様と目を合わせ微笑み合った。
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