第28話

 三日後。

 俺はあのスーパーにやってきていた。

 今回は美鈴さん、月夜さん、そして白波が同行している。

 今日、店長がいることは田中さんから聞いたので、間違いない。

 あのタヌキを店長の椅子から引きずり下ろしてやる。

 三人を外で待機させ、俺だけが入店した。

 その際に、田中さんと目があったが、俺はそのまま奥へと向かう。


「ちょっと高垣君! どこに行くつもりだい?」


 店長のいる事務所に向かおうとするが、田中さんに止められた。


「ちょっと店長に今までのことを謝罪したいんですよ。ここが使えないと困ってしょうがないんです」

「冗談はやめてくれ。君があの店長に謝るなんてことするわけがない。今すぐ店を出れば、君に危害は──」

「おい! 田中!」


 監視カメラの映像で気がついたようで、わざわざご本人様からやってきてくれた。

 そしてやってくるなり、客のがいる中でもお構いなしに殴る。


「テメェ! またこいつを店に入れたのか! このグズが!」


 もう一発田中さんを殴ろうとする瞬間、俺が割って入り、代わりにその拳を受ける。


「ちょっと店長……怒る相手が違うんじゃないですか? 田中さんは悪くありませんよ。俺が勝手に来たんですから、俺を殴ってくださいよ」

「俺に指図するな! それよりも、高垣! なんでここに来た! お前は出禁だと伝えたはずだ!」


 汚い唾が飛び散り、顔にかかったが、俺はにっこりと笑った。


「いやね、俺も謝りに来たんですよ。ここが使えないと困っちゃうんで」

「謝るだ? フン! 自分の非を認めて謝罪しに来たことは褒めてやるが……ダメだ!」

「そこをなんとかしてくださいよ。お願いします! そもそも、なんで俺は出禁になったんですか? 理由だけでも教えてくださいよ」

「そんなの! テメェみたいなクソガキが俺に楯突いたからだよ!」


 店長ははっきりと答えた。


「ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ納得できませんよ。店長が気に食わないというだけで、俺は出禁になったんですか? それはあんまりじゃないですか」

「うるせぇ! 他の客に迷惑がかかってんだから、さっさと出て行け!」


 どちらかといえば、店長の方がお客様に迷惑をかけているのだけど、まぁいいや。

 俺はおもむろに手に持っていたスマホの再生ボタンを押す。

 カメラに指を置いていたため、映像としては残っていなかったが、店長と俺のやりとりはバッチリ録音されている。


「とりあえず、お客様の迷惑になるんで、中で話させてもらってもいいですか?」

「……い、いいだろう」


 ようやく冷静になった店長は、俺を事務所へ案内する。


「田中さんも一緒についてきてください」


 念の為の証言者として田中さんも連れて行く。

 おそらく意味がないだろうけど。


「んで、お前はその録音したものをどうするつもりだ?」


 パイプ椅子にどかった座った店長はふてぶてしい態度で尋ねる。


「どうもこうもありませんよ。これを上層部に報告するつもりです」

「ふん! 言っておくが、そんなことを上層部に言っても無駄だぞ」

「えぇ、ですから、ここにもう一つ組み合わせて提出しようと思っています」


 俺は持っていたカバンから、髪の束を取り出す。


「ここにとあるアルバイトが今まで貴方に受けたことが記述された書類があります。田中さんからも、出勤したことを無かったことにされたという話もありますし、この書類にもそのことが書かれています。さすがにこれを上層部に出せば動かざるを得ないと思うんですが?」

「くっ……」


 苦虫を噛み潰した顔で俺を睨む。


「要求はなんだ?」

「これまでの未払い分を補填した上で、店長が退職すること。これを書いたアルバイトの方はそれを望んでいます」


 水戸さんが書いた文章のコピーを机に置く。

 苦悶の表情を浮かべている店長だが、そんな猿芝居はもういい。

 本当はびくともしていないんだろ。


「くっ……くくっ、それで俺が辞めると思ったのか?」


 机に置かれた書類のコピーを破り捨て、俺に投げ捨てた。


「やってみやがれ! お前がどんだけ言おうが、ここの親会社の重役は俺の親戚だ! 今まで同じようなことでお前みたいに騒いでいた奴は全員返り討ちにしたよ! 怒った不祥事も全部握りつぶした! こんな紙切れでなんとかなる程、大人の世界は甘くないんだよガキが。それと田中! テメェも覚悟してろよ。こんな奴に愚痴を溢しやがって。テメェなんかボロ雑巾になるまでこきつかってやるからな」


 顔面蒼白になる田中さんの姿を下品に笑い飛ばす。

 勝ち誇ったような態度。

 だけど、これも予想通り。

 むしろ予想通り過ぎて、怖いほどだ。


「それはしょうがないですね。では上の人に直接話すしかありませんね」

「バカかお前。さっきも言っただろうが、親会社の重役には──」

「聞いてましたよ。親戚がいるんですよね。あーすごいすごい。でも俺がもっと上の人ですよ」


 真面目に答えると、店長はバカにしたように大笑いする。


「だあっはは! こりゃ傑作だ! 重役より上だと? なんだ? 社長か筆頭株主にでも連絡するのか? ガキのいたずらであしらわれるだけだ!」


 いつまでも勝ち誇っているといい。


「最後のチャンスです。店長、貴方がやってきたことに誠心誠意の謝罪と未払いの給料の補填、そして退職を約束してくれれば、貴方の人生を壊すようなことはしません。約束します」

「するわけねぇだろ、バーカ!」


 いい歳して子供みたいな煽りに呆れてしまった。

 俺はちゃんと忠告した。

 そうした上でこいつは拒否したんだ。

 もう手を抜く必要はない。

 俺はスマホでとある電話番号にかける。


「あ、すいません。高垣春太です。きてもらってもいいですか? はい、よろしくお願いします」


 それだけの会話で済ませ、通話を切る。

 あまりに早い対応に店長も田中さんも口をぽかんと開けていた。


「すぐ来るそうですよ」

「来るって、誰がだ?」

「筆頭株主」


 正直に答えたが、店長は腹を抱えて笑い始める。


「い、今! 筆頭株主に電話したってのか!? はははは! まるでお人形遊びじゃねぇかよ! 今のやりとりで誰が信じるかよ!」

「別に信じなくてもいいですよ。どちらにしら、今向かってますから」


 俺が言い終えると同時に、事務所の扉がノックされる。

 偶然にしてはタイミングが良すぎるため店長の表情から笑みが消える。


「た、誰だ!」

「先程、高垣春太という方から連絡をいただいた者ですが」


 扉越しから女性の声で俺の名前を告げられる。

 この瞬間、店長の顔は険しくなった。


「ど、どうぞ、中にお入りください」


 扉がゆっくりと開いていく。

 奥から現れたのは、金髪のポニーテールを揺らした女子高生生。


「呼ぶの遅いわよ、春太」

「すまんな」


 警戒した人物がまさかの女子高校生であり、しかも、俺と顔見知り。

 このことから、店長の顔がみるみると真っ赤になっていく。


「そういうことかよ……テメェら! 俺をおちょくらためにこんな芝居をしたのか!!」


 怒鳴り声を上げるが、白波は表情を変えずに店長の姿を観察する。


「見た目はしょうがないとして、何よその格好。仮に店長がそんな不衛生な格好だなんて、とても信じられないわ」

「はぁ!? ガキが俺に意見するのか!?」

「意見? 事実を述べただけよ」

「こいつ……女だからって容赦しねぇからな!」


 拳を振り上げ、白波を殴りにかかる。

 咄嗟に俺が割り込もうとしたが、それよりも先に、後方で待機していた美鈴さんが、合気で店長を制圧する。


「ぐあっ! な、なんだこいつ!」

「お嬢様に無礼を働くとは……覚悟はできていますか?」

「おい! こいつらもテメェの仲間か!? 全員警察に突き出してやる!」

「愚民が。黙ってもらえるかしら」


 床に這いつくばる店長を、氷のような冷たい圧で怯ませる。


「私達を警察に突き出すって? 愚民の貴方がよくそんなこと言えたわね。散々ここで自由にやっておいて」

「そんなこと、ガキに言われる筋合いはねぇ!」

「ガキですって? 筆頭株主の私によくそんなことが言えたわね?」

「お前なんかが? 嘘つけ!」

「嘘じゃないわよ。正確には私の父が筆頭株主ではあるけど、経営を学ぶために、私が会社の方針を決めているのよ」

「そ、そんなデタラメなこと、あるはずがねぇ」

「信じなければ信じないで結構よ。月夜、この愚民について教えてくれないかしら」


 月夜さんは書類を取り出し、内容を読み上げる。


今川いまがわ義信よしのぶ。四十五歳。十年程前に入社。面接や試験は受けていないそうです。結婚歴はなく、一人暮らしをしております」

「親戚が親会社の重役と言っていたけど、それは本当なの?」

「はい、間違いありません。今川孝雄たかお五十四歳。前々から横領の疑いがかかっております」

「な、なんで、そんな情報を……」

「会社経営として、従業員がどんな人物を把握する必要があるのよ。あっ、そういえば、自己紹介がまだだっわね。ありがたく聞きなさい。私は白波冬花。白波家の一人娘よ」

「し、白波って、まさかあの……」


 店長も名前だけは知っているようで、自分の置かれた状況をようやく理解したようだ。


「申し訳ございません! つい魔が差してしまい、こんなことを!」


 二回り以上年下の白波に向かって、床に頭を擦り付けるが、自己保身のためだけの謝罪に白波の心が揺らぐはずもない。


「貴方がどれだけのことしたか分かった上で、よくそんな風に謝ることができるわね」


 威圧的な態度に、ぶるぶると体を震わせている店長。


「……でも、私も鬼じゃないわ。彼からの許しがあれば、目を瞑ってて上げる」


 たしかに鬼ではないな。

 救う気のない悪魔だ。

 だが、藁にもすがる思いで、店長は俺の足にしがみつく。


「高垣! 許してくれ! そ、そうだ! またここのアルバイトとして採用してやる! 時給も上げる! な! いい提案だろ?」


 ここまできても、謎の上から目線。

 救いようのないタヌキオヤジだ。


「結構です。俺は今、ここにいる白波お嬢様の使用人をさせていただいてます。ここで働くよりもいい環境な上、給料も高いです。なのに、店長の貴方を許すために今の待遇を捨てるなんてあるわけがありません。それに俺はさっき言いましたよね? 最後のチャンスだって。それを貴方は拒否したんです。なら、こうなったのも貴方の責任です。元店長」

「だそうよ? 残念だったわね。貴方の処遇は会社から追って連絡するよう伝えておくわ。もう帰っていいわよ。親戚共々、お元気で」


 事実上のクビ宣告に放心状態の元店長はトボトボと店を出ていこうとする。

 その背中に、白波が声をかけた。


「あ、そうだった。愚民の貴方に一言お礼を言うのを忘れていたわ。春太をクビにする無能な判断をしてくれてありがとう」


 元店長は何も言わずにその場を後にした。


「さて、田中さんでしたっけ?」

「は、はい!」


 嵐のような怒涛の展開についてこれずにポカンとしていたが、我に帰って慌てた返事をする。


「貴方のことも調べさせてもらったけど、酷いわね。これがアルバイトなの?」


 年下の白波の言動にバカついている。


「すぐに会社に連絡するわ。こんな優秀な人材をいつまでもアルバイトでこき使うなって」

「……え? それって」

「おめでとうございます田中さん! 正社員になったんですよ!」

「お、俺が?」


 ポロポロと涙を流す。


「いいんですか? 俺なんかが正社員に」

「なんかじゃないわ。正社員になるには十分すぎるわよ。そうよね、美鈴」

「はい、田中様の評価でしたら、妥当かと」

「あ、ありがとう、ございます」


 田中さんが正当な評価を受けて良かった。

 俺は白波に耳打ちをする。


「ありがとうな白波」

「別に、感謝される覚えはないわ。優秀だと思ったから採用しただけよ」

「それでも、正当な評価をしてくれてありがとう。さ! 田中さん、嬉し涙はそこまでにして、仕事頑張ってくださいね」

「ありがとう、高垣君。いつでもこの店に来てもいいからね」


 俺達は田中さんと別れ、事務所を離れる。

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