第26話

 予定通り、俺がアルバイトとしていたスーパーに全員でやってきていた。

 最初は全員メイド服で来そうになったが、それだけは勘弁してくださいと、土下座まで使ってぜんいん私服に着替えてもらった。

 ただ、女性陣の顔面偏差値が高いせいで、周りから注目され、俺は居心地が悪かった。


「それでは舞華さん、輝夜さん、御影さん。こちらリストを渡しておきますので、よろしくお願いします」


 この人数で一気に動くのは迷惑となるということで、舞華さん、輝夜さん、御影さんとは別行動をとることになった。


「では、私達も行きましょうか」


 と、美鈴さんは言うけれど、俺はすぐにでも店から出ていきたい。

 あの店長に会いたくないし。


「高垣君!」


 俺の来店に気がつき、慌ててやってきた田中さん。

 やっぱり気づかれるよな。


「田中さん、すいません! 出禁になってるのに来ちゃって」

「ううん、店長は出禁って言ったけど、他の人は全員君を追い返すようなことはしないよ。それに、今日は店長もいないし」


 なら変に警戒しなくてもいいな。


「そんなことよりも、あんな美人さん達を連れてどうしたんだい!?」

「あー……実は全員、今働いているところの同僚でして」

「そうなの? 羨ましいな」

「春太君、何をしてるんですか?」


 一向について来ない俺を、月夜が呼びにくる。

 そして、穏やか表情が一変し、鋭い目つきで田中さんを睨んだ。


「もしかして……店長でしょうか?」


 年下の女の子とは思えない凄みに田中さんはたじろいだ。


「ち、違います! 僕は田中と言います。高垣君の元同僚で、高垣君にはお世話になっていました」

「お世話だなんて! むしろ俺の方が田中さんにお世話になりっぱなしでしたから」


 俺達のやり取りから、良好な関係を築いていたことがわかってくれたようで、月夜さんは頭を下げる。


「失礼しました。私は月夜と申します。高垣君には私もお世話になっています」

「高垣君はどうですか? 気遣いのできる働き者でここでは有名だったんですけど」

「ええ、おかげで助かっています」

「そっか……」


 田中さんの目尻から涙が溢れる。


「田中さん、どうしたんですか?」

「嬉しいんだ。君がしっかりと働いて、こうして元気に過ごして、職場の人達と仲良くやってことに」


 自分のことのように喜んでくれる田中さん。

 こんなにも良い人なのに、以前よりもやつれた顔になってしまっていることに、俺は怒りを覚えずにはいられなかった。


「田中さん、大丈夫ですか? 申し訳ないですが、元気そうには見えないです」

「あ、あぁ……最近この店を辞めていく人が多くなってね。代わりに僕が出勤して対応してるんだよ」

「もしかして、辞めていく理由って」

「店長さ。どんなに僕達が頑張っても、あの人は褒めることは言わない。むしろそれが当然、できない方がクズが口癖なぐらいに酷いことを言うから、どんどん人が辞めていったよ。おまけに、タイムカードを勝手に修正されて、出勤したはずなのに、出勤してないことになってたりしてさ。笑えるだろ?」


 笑い話のつもりで話しているが、俺には自暴自棄になっているようにしか見えない。


「でも、俺よりも水戸さんの方が心配だ」

「水戸さんって、たしか俺と入れ替わりで入った」


 俺達が話している最中、遠くのコーナーで何か気散乱する音が聞こえる。


 俺達は急いで、現場に向かう。


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


 たまたま居合わせていた白波と美鈴さんが、へたり込んでいる店員に寄り添っている。


「一体何があったんですか?」

「知らないわよ。急にこの人が倒れて」


 周りには缶詰が散乱していた。

 商品を並べている最中に倒れてしまったのだろう。


「田中さん、休憩室に運びましょう。美鈴さん、買い物が終わったら先に帰っててください」


 俺と田中さんは水戸さんに肩を貸す。


「すい、ません。本当にすいません」


 ポロポロと泣き始める水戸さん。


「いいから、今は休みましょう」


 水戸さんの体を気遣い、ゆっくりと休憩室へ入った。

 パイプ椅子を広げて、水戸さんをそこに座らせる。

 緊急のことで、しっかりと水戸さんの顔が見れなかったが、あらためて確認した俺は凍りついた。

 両親に心配させないようにと働き始め、元気いっぱいに俺に話しかけてくれた彼女が、今では見る影もない。

 神はボサボサで、生気を感じられない濁った瞳。

 たった一ヶ月程度で、ここまで変貌してしまうなんて、一体この店で何が起きてるんだ。


「水戸さん、大丈夫?」

「すいません、少し立ちくらみをしただけですから」


 涙を拭って店内に戻ろうとする水戸さんを止める。


「そんな状態じゃ無理ですよ。今日は大人しくした方が」

「休んでる暇はないんです。生活するために働かないと。だから、離してください」

「ダメだ。これ以上は働かせるわけにはいかない」


 田中さんは懐から数千円を渡す。


「とりあえず、これ渡すから、今日は帰って休んで」

「そんな! 受け取れません!」

「いいから。生活できないから働くなら、今日の分のお金を僕が払う。だから、君はゆっくり休むんだ。いいね?」

「田中さん……ありがとうございます」

「じゃあ、帰る準備をしてね。あと、高垣君。もう部外者の君にこんなことを頼むのは申し訳ないんだけど、彼女を家まで送ってほしいんだ。今の状態じゃ、転んで車に轢かれかねない」

「わかりました」


 こんな危ない状態の水戸さんを放ってはおけず、田中さんのお願いを快く引き受ける。

 水戸さんを連れて出たのは良いが、水戸さんの家がわからない。


「水戸さん家ってどの辺ですか」

「その……ここなんですが」


 スマホのマップを使い、場所を見せてくれるが、ここから歩くには遠すぎる。


「こんなところから……もしかして、普段は自転車を?」

「はい。今日もあれで」


 駐輪場に置いてある自転車を指差す。

 自転車の後追うのは流石にしんどいな。

 それに今の水戸さんに自転車に乗ってもらうのは怖い。

 かといって、この距離を水戸さんに歩かせるのも。


「春太、何してるのよ」


 後方からの白波の声に俺は振り返る。

 もう帰ってしまったと思っていた白波達が、レジ袋を持って並んでいた。


「皆さん、帰ったんじゃ」

「こんな大荷物をレディーに持たせようとした使用人を待ってたのよ」


 文句を垂れる白波に持っていたレジ袋を全て手渡される。


「それと、あそこの野菜もよ」


 地面に置かれた段ボールの箱を指差す。


「いやでも、この人を送らないといけなくてですね」

「おや? そちらの方は先程の」


 美鈴さんが水戸さんの存在に気がつく。


「そ、その、水戸と申します。すいません、高垣さんにご迷惑をおかけしまして」

「いえいえ、それよりもお身体は大丈夫ですか?」

「自分では大丈夫と思っているのですが」

「いえ、先程の倒れ方は普通ではありませんでした。無理をしてはいけません。春太さん、しっかりと送り届けてください」

「そうしたいんですが、ここまで自転車で通ってるとのことで、水戸さんの状態で歩かせるわけには」

「なら、屋敷に連れていけばいいじゃない。ここからなら歩いていけるわけだし」


 こちらとしてはその方がありがたいが、部外者を招いて良いのか。


「よろしいのですか?」

「いいわよ。それに、荷物を春太に押し付けることができるしね!」


 自ら着いてきたのに、荷物運びは拒否かよ。


「水戸さん、いいですか?」

「私は構いませんが、本当にいいんですか?」

「別にいいわよ。庶民の一人ぐらい、もてなしてあげるわよ」

「お嬢様もこうおっしゃっていますが、どうでしょうか」

「それなら、お言葉に甘えて」


 水戸さんを連れて屋敷に戻ることになり、すぐに屋敷に向かって歩き出す。


「ねぇ、高垣さん」


 水戸さんが耳打ちで俺に話しかけてくる。


「あの人のことお嬢様って呼んでるけど、もしかしてご令嬢なの?」

「まぁ、一応」

「そうなんだ。まるでドラマみたい……きゃっ!」


 水戸さんは足がもつれたが、咄嗟に俺を掴んだことで、なんとか耐える。


「ご、ごめんなさい」

「無理しないでください。なんだったら、俺の肩とかに捕まっていいですから」

「ありがとう……高垣さんは優しいですね」

「い、いやー、そんなことないです─ぎゃっ!?」


 いつのまにか俺の隣にいた白波は全体重を乗せて俺の足の甲を踵で踏みつける。


「何すんだ!!」

「あらごめんなさい。飼い犬が人様に発情していたから躾しないと」

「俺がお前の犬って言いたいのかよ」

「あらそう言ってるのだけど、もしかしてわからなかったかしら? あと、敬語じゃなくなってるわよ? 使用人なら、そこはちゃんとしなさい。あっ、でも犬だから日本語を話すことで精一杯なのかしら!」

「ふっざけんなお前!」


 俺のことをなめくさったこのお嬢様をどうしてやろうか。


「あ、あの! 誰か止めないんですか!?」

「喧嘩するほど仲着いいですから大丈夫ですよ〜。ささ、屋敷はもうすぐですから、転ばないように私達に捕まってください」


 俺達を余所にして舞華さん達が水戸さんに寄り添って、屋敷を向かう。


「体重乗せて思いっきり踏みやがって! 骨折れたらどう責任取るつもりだよ!」

「私の羽のように軽い体で折れるわけないじゃない」

「何が羽だ。ここ最近食べる量が増えてるし、体重も増えてるんじゃねぇのか?」

「ふ、増えてないわよ! 貴方本当にデリカシーがないわね!」

「お嬢様、春太君、そこまでにした方がよろしいかと」


 ニュッと俺と白波の間に割り込んだのは月夜さん。

 しかし、今回ばかりは我慢のできない俺は引き下がらない。


「なんで止めるんですか! そもそもこいつが俺に暴力払ったんじゃないですか!」

「こいつではありません。お嬢様です」

「鼻の下伸ばして発情してた犬を躾けてただけよ」

「犬ではありません。春太君です」

「とにかく、今回ばかりは俺は引き下がれません」

「春太君が怒るのも充分理解しています。ですが、が注意している内に引き下がった方が得策かと。後続は実力行使に出る可能性がありますので」


 と、月夜さんの後方で無表情でありながらも、背後にメラメラと勢いよく燃え上がる炎が幻視するほどお怒りの美鈴さんが、順番待ちをしている。


「私がここで退けば、今度はメイド長のお説教になりますが、それでもよろしいでしょうか?」

「お嬢様に大変ご無礼な口答えをしてしまったこと、大変申し訳ございませんでした」


 腰を九十度に曲げ、誠心誠意を込めて白波に謝罪する。


「わかればいいのよわかれば。犬は犬らしく──」

「お嬢様へのお説教の準備も整ってるそうなので、お言葉には注意してください」

「でも私も言いすぎたわね。犬と言ったこと。あと、踏みつけたことも謝罪するわ。ごめんなさい」


 深々と俺に頭を下げる。


「美鈴さん、いかがいたしましょうか?」

「……お二方、以後気を付けていただけると大変助かります。私も、大切な主人や同僚にあんなことしたくありませんから」


 あんなことってなんですか!? ボカされると余計に怖いんですけど!


「災難でしたね」


 白波と美鈴さんが、先に屋敷へ向かった後、月夜さんが俺の肩を叩いた。


「本当ですよ。白波の奴、俺を傷みつけて何がしたかったのやら」

「理不尽ですけど、冬花の可愛い嫉妬ですよ」

「白波が嫉妬? ……ないないないないないない。仮にあれが可愛い嫉妬なら、全国のDV被害が全部可愛い以上表現になっちゃいますから」

「それはさすがに言い過ぎですよ……多分」


 最後ちょっと保険かけたな。


「さ、私達も急ぎましょう。お客様をおもてなししなくては」

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